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18歳の頃の私は、自分が理科の先生になるなんて、
思ってもいなかったはず

UPDATE:2016年08月30日
先生に聞こう 園田学園中学校・高等学校 小林 ひかり先生
今でも文系脳な私が理系に進んだ理由
小林先生

小林先生の教師歴は園田学園一筋と伺っていますが、母校ではないそうですね。

小林先生 そうです。私はずっと共学で育ったので、最初はカルチャーショックを受けましたが、今では自分の母校以上に愛着があります。自分の母校の同窓会には忙しくて行けなくても、園田学園の同窓会総会には毎年出席しているので、家族からも「どっちが母校かわからない」と言われるくらいです(笑)。今年で教員生活27年目です。京都大学の理学部を卒業後、2年間は企業で働いていました。
初めから教師ではなかったのですね。なりたいと思われたきっかけを教えてください。
小林先生 実は、社会に出てから初めて教師になりたいと思ったんですよ。化学系の会社で、実験動物とか水生動物を相手にしていたわけですが、自分は人間相手の仕事がしたいと思ったことが大きいですね。教員免許を取っておいてよかったなと思いました。
理科や生物に興味を持たれたのは早かったのですか。
小林先生 それは高1の生物の授業が一番好きだったからですね。「この先生のテストで100点を取りたい!」と思い、その先生の授業がある時は、日直とか関係なく私が黒板を全部きれいにして待つくらい授業が楽しみでしたね。
どんな授業が楽しかったか、覚えていらっしゃいますか。
小林先生 遺伝子の授業ですね。私たちより少し上の世代では大学に入ってから習うのですが、私たちの世代から高校で習うことになって、その時に見た二重らせん構造の模型の美しさに衝撃を受けたんです。今でも授業の際に「どうや?キレイやろ?」とDNA模型を見せるのですが、生徒にポカーンとされることもしばしばです(笑)。でも、私が生物に興味を持った理由や理系に進んだ理由としてはそれが一番大きいかもしれません。ちなみに、今でも私の頭の構造は文系なんですよ。学生時代も英語と国語と歴史が好きで、数学は得意ではありませんでした。文理選択で2年から理系に進んだ時に、周りの友人には「あれ?ひかりは文系にいくと思ってた!」と驚かれましたから。でも、その頃から理学部に行きたいという思いは強かったですね。
エイブリーの実験が教えてくれること
小林先生
教える立場になってからは、どのようなことを心がけていますか。
小林先生 知識だけでなく、ものの考え方を伝えることを大切にしています。遺伝子の話ばかりで恐縮ですが、例えば遺伝子が解明される少し前の段階の話をすると、タンパク質かDNAのどちらかが遺伝子だというところまで解明されてきたけれど、そのどちらかはわからないという時期がありました。当時の研究者の間ではタンパク質が遺伝子ではないかという考えが主流でしたが、エイブリーという研究者が“DNAが遺伝物質である”とつきとめたのです。ところが当時の主流から外れていた彼の業績は正当に評価されませんでした。彼を排斥したせいで、結果としてDNAが遺伝子であると解明するのが10年近くも遅れてしまいます。こうした歴史的な背景も生物の授業では必ず話します。
先生がご自身を文系人間と仰っていたのが少しわかるような気がします。
小林先生 “エイブリーの実験”は、今では世界中のどの生物の教科書にも遺伝子に関するページのトップに載っています。この人の研究業績があるから二重らせん構造の解明がなされたといっても過言ではありません。彼にノーベル賞が与えられなかったことを科学史上最も不幸なことだと言う人も多いですね。授業では「自分と違う意見や存在を認めない人間の気持ちというのはどういうことだろうか」と投げかけます。そしてそのような境遇でもこれは違うと主張することが出来る人は本当に偉いと思うし、そういうものの見方や考え方を大事にしてほしいと私は思っています。
それは理科の教科に限らず、いろいろな場面で役立ちそうですね。
小林先生 もちろん一個一個の語句、知識も覚えてほしいですけれど、暗記するだけではない部分、どう考えるかという力をつけてほしいと思います。そして人間としての在り方も生物の授業を通して伝えていければいいですね。
やりたいことが見つからないなら、世の中を見よ
小林先生
授業以外で熱心に取り組んでいらっしゃることはありますか。
小林先生 私は進路指導担当でもあるので、個々の生徒との関わりは必然的に深くなります。進路を考えなさいとか、将来どうするのという言い方をすることもあるのですが、私だって18歳の時点では先生になりたいなんて思っていませんでした。将来のことが決められないとか、何になりたいのかが見えなくて悩んでいる生徒には、決められないのが普通だということをわかってもらいたくて、私自身の経験談も話します。進路が定まっていなくても出来ることはあるはずです。やりたいことが見つかった時や、何か違うなと思って進路を修正する時のために、いま何をすべきかを指導しています。やりたいことが見つかる前後でとことんサポートするのが本校の進路指導の特徴です。
周りの友人が進路を決めていく中、決められない自分に不安や焦りを感じる生徒はどうしたらいいのでしょうか。
小林先生 今の社会をよく見てほしいと伝えています。中学生や高校生、もっといえば20歳代の担任がいれば、その先生も含めて、ここにいるメンバーが10年後20年度のこの社会の中心メンバーだということは普段からよく言います。自分たちで世の中を変えたいと思っても、すぐ変わるわけではないし、自分の思っていない方向にいく場合もあるけれども、そういうことをひとつひとつ積み重ねて、人類は歴史を作ってきたのだという話をよくします。今は確かにピンとこないかもしれませんが、世の中の動きとか、たとえば18歳選挙権、日々のニュース、芸能ニュースでもいいんです。そこから見えることもあるじゃないですか。そういう社会の動きをよく見てほしいなと思いますね。それが「何か」を見つけるのに大切なことだと思います。
しまった!私が油断した
小林先生
進路指導をしていて、印象深かった出来事を教えてください。
小林先生 昨年の特進コース3年生は12人という少人数でしたが、うち9人が運動部に所属しており、さらにその中の4人がキャプテンを務め、生徒会長もいるという非常に活発で成熟したクラスでした。一般的には6月の上旬で県大会が終わり、引退するところを、強豪ゆえに9月の中旬まで大会に出ていた生徒もいましたね。第一志望校の推薦は逃してしまいましたが、そこから切り替えて一般入試の準備に取り組む集中力は見事でした。本校の高校入試の入試業務期間中に、彼女から志望校合格を知らせるメールが届きまして、私はそのメール画面を見ながら号泣しました。この学年には他にもそういう生徒が多かったです。「現役生は秋以降に伸びる」というのは受験業界の“あるある”で、それまで私もそういう話をしたことはありましたが、自分の実感として経験したのは昨年が初めてだったので、とても印象に残っています。
先生が受かると思っていた大学が不合格で、厳しいかなと思っていた大学に合格するということもよくあるのですか。
小林先生 あります!自分が担任をしていた時もそうですが、こちらが油断してはいけないですね。「まぁ通るやろ♪」みたいに思っていて、合格できなかったことは3回あります。その時は「しまった!私が油断した!」と本気で思いました。成績にも余裕があって、どう考えても合格すると思った生徒や、普段からすごく慎重な生徒であっても、何かが狂うことがあるのが受験です。併願校や合格安全圏のつもりで受けたところが不合格だった場合は「私が油断した」と思います。
だからこそ出来ることはとことんサポートする進路指導になるわけですね。
小林先生 口頭試問や小論文の対策は土日や夜遅くに解答がメールで送られてきて、添削して返すなんてことを繰り返し行いました。今日も夜中の2時まで慶應義塾大学志望の生徒の志望理由書の点検をしていました。確かに趣味を持つような時間もありませんが、私にとって“教師”は「仕事」であると同時に、「趣味」でもありますね。
ついに教え子が同業者に
小林先生
進路指導をして11年ということで、そろそろ卒業生が社会で活躍し始める頃ですね。
小林先生 特進コースの1期生が社会人4年目です。特進コース2期生クラスのお母さん同士の仲が良く、卒業してからは「ママの会」と称し、夏と冬にみんなで集まるのですが、そこで卒業生の近況を知らせてもらうのが楽しみです。それから、今年の4月からは大阪で中学校の理科の教師になった教え子がいます。先日会ったのですが、「同業者になったね」と話しました。いつか「同僚」になる日もくるかもわかりませんね。
今後の目標を教えてください。
小林先生 進路指導を始めてから、いくつか目標があって、そのうちのいくつかは叶いました。まだまだ少ないですが、理系を志望する生徒も増えてきました。国立でも私立でも、自分と同じ理学部に生徒が合格した時は嬉しかったですね。今後は、理系を増やし、医歯薬系に毎年合格者を出したいという目標を持っています。
園田学園中学校・高等学校 ホームページ
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