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先生に聞こう 奈良学園登美ヶ丘中学校・高等学校 保健体育科教諭 三笘康之先生
この世界を知っていればもっと頑張れた

まずは先生になられたきっかけから教えてください。

三笘先生 昨日HPを拝見して、いろんな先生の先生になったきっかけを読んでいたのですが…。
ありがとうございます(笑)。
三笘先生 私が教員になった理由は何だろうと(笑)。
今になって考えると、小さい頃から身近な存在の大人が先生で、その意味で漠然とした憧れがあったのかなと思います。子どもと接しているときの先生は楽しそうですから。
それに、ずっと先生に恵まれていたことが大きいかもしれません。中学になって専門教科の先生に習うようになって、その中でも体育を仕事にしている体育の先生はいいなと感じていました。
それで教師の道に進まれたのですか。
三笘先生 地元は大分ですが、大阪の体育大学に行って教員になるコースを選択しました。ただ、大学に入ってから、「なぜ、教員になろうとしているのだろう」と思い始めて、就職のときは一般企業の内定ももらったんです。
それを高校時代の恩師に話したら、「それは教員になるのが難しいから逃げているのではないか」というようなことを言われて。その日の夜に内定をお断りして、採用は決まってはいませんでしたが、教員になるために地元に帰りました。
恩師のひと言に引っかかるところがあった?
三笘先生 自分自身も逃げている感があったんでしょうね(笑)。
それで大分の公立校に2年間勤務しました。
やはり教師という職業に魅力があったのでしょうか。
三笘先生 どうでしょう。
先生に教えられることが好きではあったと思います(笑)。
学生時代のことで、何か思い出はありますか。
角先生
三笘先生 小学校6年生から中・高とサッカーをやってきたのですが、当時の高校サッカーは強制的にやらされている感がすごくあったんですよ。どちらかというと練習=きついという印象が強かったので、うまくなりたいというよりも1日1日を過ごすのが精いっぱいでした。
大分の県大会の決勝戦で敗れて全国大会には出ることはできませんでしたが、自分たちにとっての最終到達地点はその県大会で、大学でサッカーをやるとか、もっと上の世界があるということが全く見えていない状況だったんです。
一生懸命だったんですね。
三笘先生 でも、教員になって、自分が行けなかった全国大会に指導者として行くようになってから、「この世界を知っていれば高校時代にもっと頑張ることができたんじゃないか」と思いました。知らないでいると、自分のいる狭い場所が到達点になってしまうんだなと。
私の場合、高校時代の県大会の決勝で、試合の前日に当時の監督から「決勝まで来たおまえたちはよくやった」というような言葉をかけられたんですね。それで試合に臨む前に、ある程度の達成感が生まれてしまったんです。
次の目標を知らなかったから満足してしまった?
三笘先生 そうです。
やっぱり生徒は、自分の周りのことだけで精一杯で、そこで競争意識を燃やそうとしますが、目標がもっと高い位置にあれば今やっていることに意味を見出せて、「やらされている」が「やらなくちゃいけない」という気持ちに変わると思うんです。
私自身も「この頑張りだとまだこの目標にはいけないぞ」と言えるし、「もっと違う世界がある」ということも伝えられる。
これがやりたいから教員になりたかったわけではないのですが、自分が実際に指導者の立場で全国大会に出たときに、初めて目標が見つかった気がしました。
土台がない学校でチャレンジ
指導者として全国大会に行かれたわけですね。
三笘先生 大分のあと、宮崎の学校に赴任して、高校のサッカー部のコーチを9年間、10年目にできた併設の中学校でサッカー部の監督を任せてもらうようになったんです。
コーチになった高校のサッカー部はなかなかの強豪で、私が赴任した2年目に「全国高校サッカー選手権」に出場することができ、そこで初めて自分が決勝で負けた試合がここにつながっていたことがわかりました。
ご指導に変化はありましたか。
三笘先生 新しい中学校のサッカー部1期生が19人いたのですが、彼らが3年生になったときに全国中学校サッカー大会(以下全中)にも初出場できたんです。
それだけで終わらず優勝したので驚きましたね。
翌年の2期生も全中で二連覇を果たして信じられない思いでしたが、こちらが指導していることは特に変わらなかったと思いますね。
ただ、指導の持って行き方とか、どこを目標に設定するかで生徒が変わってくることがわかったことで、その先の世界があることを理解させたうえで指導することは心がけていました。
そして、奈良学園登美ヶ丘に来られたのですか。
角先生
三笘先生 そうです。
宮崎の中学のサッカー部監督を7年間やったのですが、自分の中で「もっと他のことができるんじゃないか」「全く土台がないところでチャレンジしたい」という気持ちが出てきたんです。
いろんな想いから、ちょうど奈良学園登美ヶ丘の一期生が高校に上がるタイミングにこちらに来ました。
教員としてだけでなくサッカー部のコーチや監督として貴重な経験をお持ちですが、奈良学園登美ヶ丘での指導にはこれまでと何か違いがありましたか。
三笘先生 今回も極端にやり方を変えたわけではないですね。
練習時間や学校のシステムは違いますが、その範囲の中でどういったことがやれるかを考えています。
今はベース作りの段階で、生徒は必死だと思いますけどね(笑)。
できるだけ察したい
教科の授業で、大切にされていることはありますか。
三笘先生 保健体育の授業をうれしいと思う生徒もいれば、嫌だなと思う生徒もいますが、それを誰もが楽しいと感じるようにしてあげたいとは考えています。それもワイワイ楽しいだけではなく、この前よりちょっとでもできたと思えることで楽しく感じられればいいなと。
例えば球技が苦手な子が、ボールを触ってみたら「うまく触れたぞ」「ちょっとおもしろいんじゃないか」と思える。そういうきっかけを、うまく関わることで作っていきたいですね。
自分の可能性に気づくことや、悔しいからもっと頑張る機会は、体育の授業に多いですね。
角先生
三笘先生 それが大切だと思うんですよ。人間としての欲求をくすぐられたときに、人間は本気になります。
「○○に負けたくない」という気持ちは、その子が好きだとか嫌いではなく、誰もが思うことがあるし、それが学力の向上にもつながります。
体育は暑いし、しんどいけど、やってみたらおもしろかったという気持ちを大事にしたいですね。
それに保健体育の授業で教えられたことは、大人になってから身についていると感じることがよくあります。
三笘先生 集団性をつけるという意味では、体育の授業が一番やりやすいですね。
クラスの雰囲気も体育の授業でわかり、孤立してしまう生徒がいることもわかりやすいので、それを見逃さないように注意しています。
だからといって、手をかけすぎると別の集団心理が働く可能性もあるので、その辺は難しいところですが。集団行動を教える上では、枠にはめなくてはいけないところもあるのですが、枠にこだわりすぎるとそこから出る自由さや行動力がなくなっておもしろくありません。
こっちが要求するからやるのではなくて、それを自然と自分たちでやるようになったときに一つ上の段階に行くと思っています。
いろんな指導をされるうえで、先生が気をつけられているところはありますか。
三笘先生 授業だけでなく、いろんなところで考えるのですが、その場の雰囲気を感じ取るようにしています。
今日は何か違うとか、何かおかしいということはできるだけ察したいと常に思っているんです。
それによってかける声が違ってきます。逆に声をかけずにいたほうがいいときもあります。
多くを提供することもあるし、何もしないときもあります。
日本文化の能などに通じますが、人の考えや行動など、言葉では伝わらないことを察することはとても大事だし、日本人は長けていると思います。
クラブとの両立をしている生徒も多いようですが、その点ではどのような指導を?
三笘先生 限られた時間の中で部活も頑張りながら、勉強も頑張っている生徒は多いです。そういう生徒は時間をうまく使えているんですね。
大変なことのように思えるんですが、それが生活のサイクルの一部になったときには、学力も部活も伸びるタイミングがきます。
本校では、全学年で「朝テスト」をやっているのですが、不合格であれば補習になるので、部活の練習時間が少なくなってしまいます。部活に出るために「朝テスト」に合格するということではなく、当たり前のように「朝テスト」のために勉強して、合格したから部活のための時間も有効に使える、そういう習慣づけが大切ではないかなと思っていますね。
部活も基本が抜けていたらその上に積み重ねられないし、学力も朝テストという基本をしっかりやらないと積み重なっていかないんです。
15年間の成長を見守ることができる
授業以外で興味を持って取り組まれていることはありますか。
三笘先生 奈良学園登美ヶ丘で面白さを感じているのが、幼稚園から高校までが一緒にあるということです。
幼稚園では毎週水曜日に「体育の先生とあそぼう」という時間を設けてくれていて、そこでボール遊びをさせるのですが、最初に教えた子供たちが小1や小2に上がってきました。
それに小学校の先生方にお願いして、4・5・6年生で奈良学園登美ヶ丘FCという少年サッカーチームを作ったんです。監督は小学校の先生ですが、試合があるときは私も見に行きますし、練習も同じウエアを着て中学生の横でやっていますから、その子たちの成長も楽しみですね。
幼稚園から高校となると、15年間にわたって成長を見守ることができる子どもがいるんですよ(笑)。
体育大会は幼稚園から高校まで一緒に行うそうですね。
三笘先生 それは6月に行う幼・小・中・高の合同運動会ですね。
最後のリレーは、幼稚園から高校までバトンをつなぎます。面白いですよ。
秋には幼稚園、小学校1年生から4年生、小学校5年から中学2年、中3から高2までの各スポーツフェスタもあります。
それは他校にない試みですよね。
そういった他の学年との交流による生徒の成長は感じられますか。
角先生
三笘先生 子供たちが感じていることとは違うかもしれませんが、低学年にとっては身近に年上の先輩たちがいることで大きな刺激になっているように思います。
普段は校内の廊下ですれ違うだけですが、行事になると上の学年が一生懸命リードしたり、小学5年生と中学2年生が一緒に話をしていたりする。そういう姿を見るといいなと感じますね。
この学校に慣れてきて、これが当たり前の生活になっていますが、本当は当たり前ではないことがたくさんある気がします。
今、中学2年生の学年主任をされているということですが、難しい年頃という意味での大変さはありますか。
三笘先生 確かに中学2年生は、素直に何でも受け入れる1年生の時期とは変わってきます。
でも、そういう時期でも根本的な部分にある想いは変わらないと思いますから、それを引き出したいですね。
体育の授業は、中2の全クラス受け持っているのですが、最初に集合したときの表情や出欠の返事でも生徒の変化や違いを感じることもあるんです。
そこで感じたことを担任に話し、担任から聞いたことを体育の授業で見ることによっていろんな対応ができますから、そういう細かなことにアンテナを張って、見逃さないように注意することは、学年としても、学校としてもやっていますね。
経験値が自信につながり力を発揮
今後ということで、何か考えられていることはありますか。
三笘先生 せっかく幼稚園から高校まである環境ですから、高校のチームが強くなっていく姿を幼稚園や小学生の子が同じユニホームで応援して、頑張ればああいうふうになれる、ああいうふうになりたいと思えるようになればいいですね。
それは進路においても同様で、先輩のようにしていれば、勉強も部活も頑張れるし、目標とする大学にも行けるということになっていけば理想的です。
熱中できることを見つけて、勉強と両立できれば素晴らしいですよね。
三笘先生 そうですね。熱中することは大切ですし、自分にいろんなオプションを付けていくことが重要です。
受験勉強をしたとしても、最終的に発揮する場で自分の力を出せなければ意味がありません。 しかし、経験値をあげていければ自分の自信につながるし、どういう舞台に立ったとしても自分の力が発揮できる。
あれだけ練習してきて負けるはずがないとか、あれだけ勉強してきてできないわけがないと思えるんです。
生徒を指導されるときも、そういう話はされるのですか。
三笘先生 そうですね。
例えば、部活の練習を今日は疲れているからとセーブすることは、勉強でも同じことにつながると思うんです。
しんどいけれど今日の自分の精いっぱいを出し切ることが、勉強でももうひとふんばりしようという一歩につながります。
例えば、サッカー部は、チームの目標を「チャレンジ精神」としているのですが、一歩を踏み出すことがいろんなことへのチャレンジになりますし、昨日より今日の一歩を踏み出すチャレンジが最終的に大きな目標につながっていくと思います。
先生自身のチャレンジはありますか。
三笘先生 本校の生徒は受験をして入学していますから学力のベースはありますが、その勉強で積み重ねてきた経験をいろんなことに置き換えられると思うんです。
勉強で頑張っている子は勉強で自信がつけば部活への意欲も湧き、部活で注意されると勉強にも力が入らないわけですから、どっちか一方ではなく、両立して伸びていくように今後指導していきたいと思っています。
そういうことを少しずつ達成していくことが大事で、急に結果は出ないとしても、積み重ねて形にしていきたいですね。
お話をうかがってくると、先生はメンタリティの部分を大切にされてきたのだと思いますが、そのうえで日々考えられていることはありますか。
三笘先生 教師という仕事は、毎日同じことを繰り返しているように思ってしまいがちなのですが、実は違うんですね。
生徒は毎日変わっているんです。
注意すべきは、我々が指導することに満足してしまって、生徒を毎日同じ型にはめこんでしまうことです。
当然、生徒が教師や指導者を超えることもあります。私もこれまでいろんな生徒を指導してきて超えられているなと思うことが何度かありました。だから、自分ももっと勉強しなくてはいけないと指導者のライセンス取得の勉強をしましたが、こっちの器も大きくしないと生徒に追いつかないなと思っています。
角先生
では、最後に読者へのメッセージをいただけますか。
三笘先生 可能性を最大限に引き延ばして、その中でステップアップできるような材料を見つけて次へつなげていくことができる環境が、奈良学園登美ヶ丘にはあります。
それに、いろんな年齢の生徒がいるという他ではできない経験が学校内でできることは、プラスになるはずです。
僕の経験ですが、限られた中で出会った人を、自分が受け入れられるかが大切です。
選択肢はいろいろあると思いますが、行ったところがいい学校になりますから、その出会いを大切にしてほしいですね。
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