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【明星学園中学校】
すべての基本は
創立からの教育理念
「個性尊重」「自主自立」「自由平等」

【明星学園中学校】すべての基本は創立からの教育理念「個性尊重」「自主自立」「自由平等」
2024年に100周年を迎える東京・三鷹にある明星学園中学校・高等学校。大正自由教育の学校として1924年(大正13年)に創設された同校は、時代や価値観が大きく変化したこの100年においても、「個性尊重」「自主自立」「自由平等」の教育理念を基本にした教育を受け継ぎ、形にしてきました。その教育とはどのようなものなのか。100周年を前に中学副校長の堀内雅人先生、卒業生でもあり100周年記念誌の編集も担当する大草さんに答えていただきました。
中学副校長 堀内雅人先生
中学副校長 堀内雅人先生
Profile1985年に明星学園に国語科教師として赴任。明星学園37年目。国語科・総合探究科(哲学対話・卒業研究)を担当。1986年に生徒から命名された愛称は「ほりしぇん」。明星学園の中学校ホームページ内「トピックス」では、「ほりしぇん副校長の教育談義」などで教育への想いを綴る。https://www.myojogakuen.ed.jp/junior_high_school/topics
学園資料室 大草美紀さん
学園資料室 大草美紀さん
Profile公立小より小学2年生で明星学園に転校。高校3年までの11年間明星学園に通う。自身の母も息子も明星学園の卒業生。明星学園同窓会の仕事を経て、学園資料室で資料整理に12年間携わり、学園の研究会資料や生徒たちの残したものなどを整理、データベース化している。現在は100周年記念誌を編集中。
祝!100周年Myojo Gakuen LIBRARY 1
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明星学園とはどのような学校か?葛藤や経験を繰り返しながら、
自由とは何なのかを考え、
悩むことができる学校

堀内先生 100年前の大正後期であっても令和の現代であっても、「個性尊重」「自主自立」「自由平等」の教育理念の意味は同じです。子どもたちを既存の型にはめるのではなく個性を伸ばしてあげたいという「個性尊重」が明星学園の根本にあります。対する最大の敵は、自分さえよければいいといった考えですから、個性を伸ばすためには「自主自立」できていなければいけない。また、人を不自由にして自分が自由になった気になっても意味がありませんから、「自由平等」である必要があります。

明星学園では、切り離せないこの3つの理念を具体化し、本当の自由について学びます。明星学園は自由だと言われますが、好き勝手に自由なわけではない。葛藤や経験を繰り返しながら、自由とは何なのかを考え、悩むことができる学校なのです。

学園の過去の文献にも、「のんびり育てたくて明星を選んだと思ってもらっては困る」「遅れてもいい、転んでもいい、だけど自力で歩く子どもを育てたい」といった一見矛盾する言い方が出てきます。でも、ここにこそ明星学園の本質があるように思います。それを実現するために周りの大人は、手は出さないで見ていられるか。子どもを見ていながらも子どもが自力で立ち上がるのを待つことができるか。大人自身も強くなければ3つの理念は達成できません。

明星学園100周年 受け継がれる言葉1

のんびり育てるといふことは「充分に自覚的であり、自律的であり、自発活動的であり、創造的であらせる教育、それ等から来る明朗な愉快な生活――」という意味にお取り下さるのでしたら私達は衷心から感激に堪えない。

なぜならば私達の教育は子供達にさうした生活をさせる爲めに充分に個性を尊重し、天分や素質を検索し、その上にそれぞれに即した指導を創案して行くことが指導の原理になって居るからである。
(中略)
なぜならば私達の学校生活では、力一ぱい精一ぱい――即ちいつも天分の極量を傾けて努力する生活をさせることがモットーだからである。

他人に寄りすがったり、人に引きずられたりおぶさったりして歩く子はつくりたくない。遅れてもいい、転んでもいい。教師の慈愛と激励の下にどこまでも自力で歩く子をつくりたいのだ。

のんびりして居るが如くに見えるのは生活が自覚的に自律的に展開していくからである。自身に向かって勇往邁進、敢えて憚るところがないから明朗であるのだ。

然し自らの生活を自ら律して行く彼等の内面的生活には瞬時の油断も余剰もあり得ないではないか。

  • 照井猪一郎[創立同人、創立期の小学校校長、戦後は中学校校長も兼務]
  • 小学部教育月報『ほしかげ』第4号「惑星の嘆き」<部分>より
  • 1993(昭和8)年12月10日発行より
明星学園だから実現できる教育集団の中で
ぶつかり合いながら学ぶことにこだわる

堀内先生 世の中では今、「自立」「自由」といった言葉がもてはやされていますが、明星学園が100年前から取り組んできた「個性尊重」「自主自立」「自由平等」を、本当の意味で行うのは今の教育界においてかなり難しいことだと思います。

箱を作るのは簡単です。探究の授業と称して机を並べ変え、ICT機器を置いて1人で自由にパソコンを操作すれば自立して学んでいることになるかというと、そんなことではない。異質の集団の中でどうやって自立していくか、自分と価値観の違う人との協同を考えてこそ「個性尊重」「自主自立」「自由平等」が実現できるのです。

「ドルトン・プラン」<*1>という教育法は明星学園の創立者である赤井米吉が日本に紹介しましたが、最終的にその教育法を彼が選択しなかったのは、明星学園が「集団の中できちんと学びを作っていくこと」を大事にしたからです。
現代の学びは個別化し、多様性と言いながらも他者に関心を持たずに自分がやりたいことをやる学びになっています。その方が煩わしいトラブルも起こらず楽なのです。しかし、明星学園はぶつかり合いながらも集団の中で学び、本当の自由を求めることにこだわってきました。 <*1>ドルトン・プラン…アメリカのヘレン・パーカーストにより指導・実施された教育指導法で、子供たち一人ひとりの能力を伸ばす目的で考案された。

明星学園100周年 受け継がれる言葉2

(前略)
現実には、自分の自由を求める事がほかの誰かの自由を奪ってはならない事です。個人の自由のために他人が犠牲にされては矛盾です。そこに集団の中で自由を求めるという努力が要求されて来ます。自由を守るためにも、求めるためにも、組織団結が要求されます。集団学習、自治組織はそれを果す方法です。我々と違い、強く意志的です。

子ども達には、本当に強い自由への憧憬とそれを実現する努力的な魂を育てたいと思います。まだまだ非常に不十分ですが。

  • 寒川道夫[1948年明星に就職。小学校教員。4・4・4制時代の1966~1969年小学校校長]
  • 明星学園PTA会報『道』No.46 「自由こそ命」(部分)より
  • 1959年(昭和34年)発行
明星学園の教育の軸明星が立ち返るところは
常に創立当初からの考え

堀内先生 明星学園の先人たちは、自分たちの理想を持って学校を作り、「社会もそのように変わらないと意味がない」という考えでした。この学校の理想は社会の理想であるというわけです。しかし社会はその後戦争へと向かい、戦後は高度成長期。子どもたち一人ひとりの個性を伸ばすという時代ではなかったため、理想と現実にズレはあったでしょう。

それが今、国が多様性や個性を尊重する方針を打ち出すなど、言葉の上では明星学園の理想のような方向になってきました。ただ、現実はどうかと言えば、多様性と言っているばかりで、少数派が虐げられていたり、個性尊重と言いながら表面的な個性に縛られ、同調圧力に苦しむなど、教育現場はなかなかうまくいってはいません。

現代を語るうえでキーワードになっている地域や国家のレベルを超えていこうという「グローバル社会」についても、共通の理解・基準を作ろうとするあまり、逆に基準がシンプル化されることによる格差の明確化、それぞれの文化の個性が消失してしまう危険性など、本来の目的とは逆方向に現実が動いているのではないかということが気になります。
教育現場に話を戻せば、方針だけが上から降りてきて、現場の教員たちは右往左往するばかりです。教育界の中には子どもたちの興味関心を大切にする経験主義と、学力をつけるためのきちんとした体系的な学びを重んじる系統主義という2つの軸がその時の国の方針によって振り子のように交互にやってきます。

明星の教育は時代によってその比重は違っても、深い部分での経験主義と系統主義のどちらも大事にしてきたのだと思います。それは矛盾しません。授業は面白くなければいけません。子どもたちの興味関心を引き起こす授業内容や方法が求められます。しかし、ただ楽しければいいわけではなく、関心から深い思考につなげるためには教員の指導が重要です。つまり経験による学び、系統による学びそれぞれの良いところをどう結びつけるかを考えつつ、生徒をしっかり見ながら、時にはバランスを取り、時にはどちらかに寄ることもあったのです。

しかし、教育の振り子がどちらかに寄ったとしても、立ち返るところは創立当初から伝えられてきた教員とはどうあるべきかという考えではないかと思います。教員は授業方法を考えるだけでなく、授業内容も研究しなければいけない。自分たちで教科書を作る、カリキュラムを作るくらいでないといけない。生徒に何を教えるか、どう教えるかは、学校が一体になって考えなければいけない。そして教員は、授業がうまいだけではなくて、生徒をしっかりと見て、どれだけ子どもたちと一緒の時間を過ごせるかが大切なんだ。こうした考えが明星の教育の軸としてあると思います。

大草さん 子どもたちに自分で行動することを教えるために、先生たちは模索しながらいろいろな工夫を重ねています。その教えが積み重なっていくと、子どもたちは「自分でやらないといけないんだな」「自分で考えないといけないんだな」「答えとは先生が出した三択から選ぶのではなくて、自分がその理由を説明ができないといけないんだな」と、思うようになって自立していきます。先生たちは、明星の教員用の教科書がないから大変ですが、「先生、そんなの全然わかんないよ」と、授業中に意見をはっきり言う子どもたちに育っていきます。

明星学園100周年 受け継がれる言葉3

(前略)教育に於て何よりも大切なのは、児童を見ることである。教育そのものに於ても、教育研究の為にも、児童を見ないで、概念的に仕事をしていては何物も生み出すことは出来ぬ。日本教育の行詰りは、結局教師が児童を離れる為である。教室に於て、運動場に於て、一層児童に親しまれんことを切に希望する。授業だけで、あとは職員室に閉じこもる様なことは絶対にさけなければならぬ。(後略)

  • 赤井米吉[創立者。学園長・女学校校長を兼務]の日記
  • 1930(昭和5)年4月4日新学期最初の職員会議発言の草案
  • 中野光著『教育改革者の群像』国土社1976年3月25日初版発行より
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明星学園の教員に求められるもの自分で教材を選び、指導方法を考える
教員にも求められる自立

堀内先生 明星の授業では、検定教科書をそのまま使って指導しているわけではありません。検定教科書を使わないのが目的ではなく、教科としてのカリキュラム研究をしてきた結果、そのようになっているということです。私は国語科ですが、半分ほどは教科書教材を使ってきました。しかし定番教材に新しい価値を見出すこと、あるいは自主教材を発掘する過程は、本当に教材研究・授業研究の力を鍛える場でもありました。

こういった明星の指導方法に対して、教員が好き勝手に授業をしているのではないかという指摘があるかもしれません。しかし、明星には教科研究会、教科を超えて授業を見ながら授業検討をするという教員の文化があります。新しい授業を創る時は多くの質問や批判にも応えていかなければいけません。それは考えに考える時間で、常に疑問を持ち、生徒がどう思うかを想像しながら授業プランを考えます。教員としてとても厳しいことですが勉強になる時間です。自分で考えざるを得ないからこそ、そこで鍛えられます。

私が明星に来た1年目の新学期前に「使用する教科書をもらえますか」と先輩の先生に尋ねると「教科書は使わないよ」と言われ、「では何を教えたらいいのですか」と聞くと、「私は4月は詩から教えているよ。好きな詩を自分で選んでみなさい」と言われ、必死に詩集を読みあさり、いくつかの詩を選びだしました。その中には、30数年教え続けることになった詩もあります。

また、本校では『小中公開研究会』を毎年秋に行い、他校の先生に授業を参観していただき、貴重な意見をもらいます。独りよがりの実践というのは最も怖いことですし、この研究会は自分たちに課していることでもあります。一方で、個々の実践を高めるために外に学びに行く機会を自分自身で作っている教員も多いですよ。

こうして教員が主体的に授業を創っていくことには大変さもありますが、私はそこにこそ明星学園の自由を感じていますし、明星では教員も自立できていないとやっていけないと思います。その中心にあるのは、やはり創立当初からの理念です。

明星学園100周年 受け継がれる言葉4

天下、学校実に多い。その中へ我々の学園が出現したのは何の為であったか。文部省の定めるところのものを克明に実現しようとしてならば何もこう苦んでこの学園を建てる必要はなかった。実に新らしい時代が要求する教育を実現せんが為であった。その為には文部省のものにも囚われず、厳密な批判を行って行かねばならぬ。勿論敢て異をたつる必要はない。然し、研究、実験の労をさけ、既成の教育に追従するのは学園の堕落である。深く慎まねばならぬ。その為には常に研究的態度をもって教材に、教法に研究をおこたらぬ様でなければならぬ。(後略)

  • 赤井米吉[創立者。学園長・女学校校長を兼務]の日記
  • 1930(昭和5)年4月4日新学期最初の職員会議発言の草案
  • 中野光著『教育改革者の群像』国土社1976年3月25日初版発行より
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