ココロコミュ

【明星学園中学校】
すべての基本は
創立からの教育理念
「個性尊重」「自主自立」「自由平等」

【明星学園中学校】すべての基本は創立からの教育理念「個性尊重」「自主自立」「自由平等」
他にない明星学園の授業方法間違えてはいけないという発想では成り立たない
「考える」ことが明星の授業

堀内先生 明星の授業では、教員が正解に誘導するように質問して、生徒に答えさせることはありません。教員と生徒の関係において、教員の知識量が多いのは当たり前ですが、常に教員が正解を伝えるだけの存在になってしまうと、生徒との関係性は固定されてしまいます。生徒は自ら考えるようにはなっていきません。教員が生徒に「どう思う?」と質問をして、Aくんの考え、Bくんの考え、Cくんの考えを聞いていく。
その考えが間違っていても構いません。違う考えが出てきた時に生徒たちは初めて教員の顔色をうかがうことなく「どっちが正しいんだろう?」「自分はこっち。なぜならこう思うから」と考えるようになります。そこから対話が生まれます。分からないということも大切な自分の意見です。なぜ分からないかの理由を説明してもらうことで、授業が深く展開していくことはことのほか多いのです。

自分の考えは、「それは違っているよ」と先生に否定や批判されるものではなくて、他の生徒の意見を聞いて「そうか」と納得したら変えてもいい。自分で考えて、自分から動ける。そこが重要なのです。つまり、「間違えてはいけない」という発想では明星の授業は成り立たない。いろいろな違う考えやその理由から「考える」ことが明星の授業です。

間違えることを否定されると、だれでも失敗は嫌ですから、自分から答えや意見を言わなくなり、わからない=ハテナを周りに言えなくなります。明星の授業ではハテナの子がなぜハテナなのかという理由を本人が言う。周りはなぜハテナなのかを一緒に考える。そのプロセスを大切にしていて、これは研究授業を通してずっと伝えられている明星の授業方法です。

もちろん、いろいろな意見がバラバラに出てくるだけでは授業がまとまらないため、どういう発問をするか、選択肢のどちらの立場かをはっきりさせてから対話を引き出すなど教員はさまざまな工夫をします。一人一人の生徒がお客さんにならず、当事者意識を持って授業に参加できるようにするための工夫です。

大草さん 明星の先生は授業でのリードが上手です。「みんなどう思う?」と聞くと、生徒からはいろいろな意見が出てきます。「それってどういう意味?」と自由に言い出せる雰囲気が授業にはありますし、疑問を持てば「先生、それについて聞きたい」と言えます。先生も生徒の答えが間違っていても否定せずに一つの答えとして黒板に書いてくれて、どうしてこう思ったのかを聞いてくれます。
小学校からそのスタイルを続けるので、中学校から入学した生徒もそれを見て「意見を言っていいんだ」「疑問が出たら聞いていいんだ」と思って育っていきます。この明星の授業スタイルはずっと引き継がれています。

明星学園数学授業記事
<ココロコミュ 明星学園数学授業記事>
https://cocorocom.com/east/archives/7181
明星学園理科授業記事
<ココロコミュ  明星学園理科授業記事>
https://cocorocom.com/east/archives/5706

堀内先生今、しきりに問題解決のための勉強が求められます。確かに問題は解決されるためにあるのかもしれませんが、安易な課題解決は逆に思考停止をもたらします。むしろ問いを自ら創り出すことができるかといった時代になってきているのではないでしょうか。手っ取り早い答えはネットで検索すればすぐに出てくるのです。大切なのは、果たしてそれでいいのかという問題意識です。

本当に大切な問いというのは、簡単には答えは見つからずずっと考えなくてはいけないし、そのためには考えることに対する謙虚さが求められます。その時点での自分の考えは恐れず述べることは大切ですが、自分とは異質の意見に耳を傾けられる土壌がないといけないのです。

「考える」にはエネルギーが必要で、かんたんにすっきりとはしません。考えれば考えるほどモヤモヤが増えてくるものです。それに対して声高に「これはこうだ」とはっきり断言するタイプの人の中には、自分とは違う意見を一切受け入れない人が多いように思います。人の話を聞かないから言えるのであって、いろいろな視点からの話を聞くと自分の考えを言うのにも慎重になってきます。迷ったり悩んだりすることの大切さを思います。そのような中で、どれが正解かではなくて、「自分はこう考えている」と言えることがこれからの時代に求められてくる力なのではないかと思います。

明星学園100周年 受け継がれる言葉5

(前略)知識の所有といふ事にのみ重きを置く人々は何でも覚えて居なければならぬやうに考へるが、之程馬鹿な話はない、昔は物識りが必要であった。併し百科事典も図書館も完備せる現代に於いて、物識りがそんなに必要だとはどうしても考へられない。大事なのは研究の方法や態度の出来て居る事である。どう調べれば之が分かるかといふ点にすぐ気がつく事である。

知識の所有の量の多きを望むよりは、知識を働かす力の方が大事である。即ち大事なのは所有の教育ではなくて創作の教育である。結局私の六年間の努力は、子供の力を創作的に発展せしむる努力であった。(後略)

  • 霜田靜志[明星創立2年目に小学校教員として就職。前任校は成城小学校。専門は美術教育。A・S・ニイルを日本に紹介]
  • 小学部教育月報『ほしかげ』第7号「明星の教育」より
  • 1934年(昭和9年)発行
100周年を迎える明星学園のエピソード伝説となって残る歌
「明星学園ぼろ学校 入って見たらいい学校」

大草さん 前任校の成城小学校を2月に辞めると決めた赤井米吉、照井猪一郎、照井げん、山本徳行の4人の先生が新たに学校を作ることになり、3ヶ月で校舎を建て、5月に明星学園を開校しました。成城小を辞めると決めた1ヶ月後には生徒募集を始めています。手書きのチラシを8000枚作って中央線沿線にまいて、それで21人の生徒が集まりました。

大正時代の終わりは、今より受験勉強が盛んで教育熱心な時期で、とにかく子どもには勉強させるという風潮でした。でも、明星学園のような方針で子どもに勉強を教えてくれる学校に行かせたいと考える親もいたので、そういう人たちが明星を選んでくれたのでしょう。詰め込み教育ではなく、自分から勉強したいと思うような人間に育てたいというニーズはあったようです。当時の井の頭には麦畑と森しかなく、「あんな田舎の麦畑に学校を建てても、生徒が集まるわけがない」と言われながらも、この場所が気に入ってここに建てたといいます。

今では中学校の校舎が小・中・高の中で一番古くなりました。小学校のジグザグ型の校舎は2代目で、初代のジグザグ校舎は、在校生の保護者で建築家の清田文永氏によって設計された建物でした。木造平屋建てで12教室あり、6教室ずつ前後2棟に分かれて建てられていました。子どもたちが教室からそのまま外に走り出して行ける校舎にしたいという希望があり、当時でも平屋は珍しかったようです。

出来上がった校舎が良かったので、2代目校舎にも引き継がれました。小学校に比べると中学校校舎は一般的な形の4階建てですが、味のある校舎にはなっています。グラウンドも創立当時からのものです。今の中学校校舎の場所は、昭和30年代初めまではお隣の家が建っていたそうですが、そこを買い取って中学校の校舎が建てられました。

大草さん私が好きな明星学園のエピソードは、子どもたちが「明星学園ぼろ学校、入って見たらいい学校」という歌を歌っていたという話です。明星学園の30周年でPTAが作った会報に載っています。その歌は、昔からたびたび聞いたことがあるのですが、明星学園の校舎はいつの時代もぼろいので、受け継がれてきたのかもしれません(笑)。

創立時は、柱が立った上に屋根が乗っただけのような壁のない校舎に子どもたちを迎えて開校式が行われました。しかもその日は土砂降りの雨だったそうです。子どもたちはその中でも新しい学校を喜びましたが、先生たちは泣きたくなりながらその日を過ごしたという話が残っています。

今でも「お金を出してみんなで新しい校舎を建てよう」といった記事の後に、「明星は校舎がぼろくても、中にいる人たちがよくやっているんだから、校舎なんか二の次だ」という記事が出てくるので、なかなか新校舎を建てるところまでは進みません(笑)。でも、それも明星学園です。

祝!100周年Myojo Gakuen LIBRARY 3
previous arrow
next arrow
Slider
明星学園の今これまでやってきたことを
自信を持って主張していく

堀内先生今の明星学園のあるべき姿としてお伝えしたいことは、「ある意味での鍛錬は必要なんだ。のんびりした学校生活のように見えて、それは自分自身の努力に支えられていなければいけない、そこは誤解しないでほしい」ということです。ある大先輩の先生から「明星学園は柔らかな鍛錬主義の学校だ」というお話をかつて伺ったのですが、言いえて妙だと私自身腑に落ちたのを強烈に覚えています。
きちんと努力すべきことは甘くしてはいけない。鍛錬とはみんなが同じようなことを同じ時間でやらせるということではなく、その子なりに背伸びしてやれることはしないと成長できない。緊張する場を与えて初めて子どもたちは成長するといった意味合いです。鍛錬一本やりになってしまうのが一番怖いことで、一人ひとりにちゃんと目をかけることが“柔らか“なのだと思います。その意味で生徒以上に教員こそが鍛錬を求められますね。

今まさに、大正13年にこの学校を作った人たちが育てようとしていた人間が求められています。子どもたちは今後、いろいろな価値観を持っている人や、海外の人とも一緒に仕事をして、習慣や価値観が違う人たちとプロジェクトを組み、いろんなことを考えていかなければいけない。その時に自分の考えを伝える必要が出てきますし、やはり協同が大事になってきます。

おそらくこれまでの社会でもそういう人材は求められていましたが、ほんの一握りのエリートだけで良いと思っていたのでしょう。しかし今は、どのような職業に就こうが、きちんと自分の考えを持って行動しなければいけない時代です。だからこそ、明星学園としての役割は大きい。そういった教育ができる学校は簡単には増えないからこそ、明星学園がこれまでやってきたことを、自信を持って主張していくことが大事かなと思います。

大草さんどの時代も先生たちは苦労してきました。この2年はコロナによって今までやってきたことができない時間が長く続いてしまったし、前からやってきたことを続けていく苦労も、急にできなくなった時に次を考え出す苦労もあります。今は世界中みんなが同じですが、明星も今までにない、創立以来の事態に見舞われている最中。頑張るしかないと思っています。

明星学園の進む道明星学園のような学校は絶対に必要
他とは違えば違うほどおもしろい世の中になる

堀内先生 コロナ対策の自宅学習で、明星を含むあらゆる学校でオンライン授業ができるようになりました。中高生の考えるツールとしてはいろいろつながれるし、知識は膨大で、とても魅力的なものです。ただ、それをうまく使いながら自分の考えを発表できるようになるのか、反対にそちらに支配されて大事なものを見失ってしまうのかは大きな分岐点です。明星の教育を一歩進めるためにICTをどう活用していくかはよく考えなくてはいけない。そこは不安でもあり、楽しみなところでもあります。

いつの時代も学校は苦労がつきものですが、それは当然のことです。苦労をなくすためにルールを作って、それを生徒に守らせるとか、教員が苦労しないですむよう生徒に質問させず黙って教師の話を聞かせるという関係性を作ることは、明星では絶対にありません。明星の授業をやろうと思ったら生徒と向き合わなければいけないのです。

明星学園のような学校は絶対に必要です。このような学校が本当の意味で理解されるとき、まさにおもしろい世の中になるでしょう。その意味でも明星学園の教育はこれからも注目されるものでありたいし、主張し続けたいと思います。

明星学園100周年 受け継がれる言葉6

私達は限りなく自由を愛した。しかしその言葉を簡単に丸のみにされることを極度におそれた。自由は個人の心理的なわがまゝを許すことではなかった。私達は慎重な用意のもとに、古いかせからひとまづ子供達をとき放したのだった。だがそれには子供達との間に深い理解ときびしい約束がうらづけられていた。

自らの力で自らを守る自主のよろこびをえた彼等は、惜みなくその力をもちよって友達と助け合わなければならなかった。従って他人の自由を無視し、集団の秩序を乱すようなことをしては、それはそのまゝ自分の自由性の喪失であった。

(中略)
自主自立は人の意志を強く鍛える。個性尊重は人権不犯の原則で、正しい人格はこれに根ざす。自由平等は人間の生活を明朗にし、人類に永遠の平和を与える。

「強く――正しく――朗らかに――」この明星の教育語は永遠に愛誦されていゝ。

  • 照井猪一郎[創立同人、創立期の小学校校長、戦後は中学校校長も兼務]
  • 『明星』25周年記念号 「愛とおそれと」より
  • 1949年(昭和24年)発行
←前のページへ

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で
©cocorocom. All rights reserved.