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先生に聞こう プール学院中学校・高等学校 久保 義道先生
Chapter1
母の一言 12/20 公開
Chapter2
恥ずかしがらずに 12/21 公開
Chapter3
スニーカーエイジへの取り組み 12/22 公開
Chapter4
カナダでの祈り 12/23 公開
Chapter5
受験で終わりでは無い 12/24 公開
母の一言
編集部員
(以下【編】)
先生になろうと思ったきっかけは何でしょうか?
久保先生 理由はいくつかあります。まず私はクリスチャンの家庭で育ちました。父も祖父も曽祖父も代々牧師でした。
【編】 はい。
久保先生 さらに父と祖父は英語を教えていました。
【編】 おお。
久保先生 そのせいか英語にはもともとなじみはあったのです。当初は英語教師ではなく英語を使った職業、たとえば貿易業なんかに憧れていました。
【編】 はい。
久保先生
久保先生 ただ大学で教員免許を取ったのですが、教育実習を担当して頂いた英語の先生から非常に熱心に教えを頂きました。その先生からの影響が非常に強く、貿易業よりも教師になってみたいなと思いました。
【編】 そうなんですね。
久保先生 考えてみればもともと教会などで子どもと接すること自体も好きでしたし、中高ともサッカー部のキャプテンもやっていました。だから、クラブ指導もできますし、色んなことを教えながら、自分も子ども達と一緒に成長できるかな、とも思いました。
【編】 それですぐにプール学院を志望されたのですか?
久保先生 いいえ。自分が小中高と公立の学校で育った事もあり、当初は公立の学校を志望していました。プール学院からお話も頂いていたんですが、女子校という点に当初は抵抗がありました。やはり公立のように男女がいたほうが自然ではないかと。
【編】 はい。
久保先生 そんなときに母親と話したのです。『今までの日本の状況を考えると女性がまだまだ活躍できていない。だからそういうところ(女子校)で頑張るのも神様から与えられた道じゃないの?』と。母親は医者になりたかったらしいのですが、女性は裁縫さえできていればいい、といった古い価値観の時代だったこともあり、勉強を諦めさせられたんです。だからこそ、そういった思いが強かったのでしょうね。
【編】 当時にしてはずいぶんとリベラルな考えのお母様ですね。
久保先生 はい、今年で米寿を迎えたのですが、昔の事件、例えば2.26事件の ことなんかでも今でも克明に覚えていて、詳しく教えてくれます。(笑)
【編】 なるほど。ここまでお伺いしていると、クリスチャンのご家系であること、お父様やおじい様が英語を教えられていたこと、さらにお母様の存在など、結果的にはこちらのプール学院さんに導かれたようですよね。
久保先生 はい。そうですね。この歳になって本当にそう思いますね。
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