同志社女子中学校・高等学校 図書・情報センター

Interview 司書教諭

生徒たちに、調べる場所、学ぶ場所、読む場所としての図書・情報センターを活用してもらうべく、さまざまな取り組みに挑戦されている司書教諭の加藤先生。教科と連携した充実の図書・情報センターのこだわり、役割について、熱い想いをうかがいました。
同志社女子中学校・高等学校の図書・情報センターにおいて、こだわられていることを教えてください。
【加藤先生】本を読む場所、勉強する場所であり、その機能は大事にしたいのですが、それに加えて、落ち着く場所であるということも大切にしたいと思っています。学校生活の中で、リラックスできる場所になっていればうれしいですね。あと、入口付近はおしゃべりができるにぎやかなスペース、奥は静かに過ごしたり、勉強をしたりするスペースとして音に気を配っています。
図書館ではなく、図書・情報センターである意味は、どこにあると思いますか。
【加藤先生】 中高時代に本を読んでほしいんです。本に限らず、いろいろなモノや考え方に触れてほしいです。世の中には1つの考え方だけではなく、いろいろな考え方や生き方、モノがあるということに触れて、善し悪しを自分で考えてほしい。今は情報があふれていますが、メディアで取り上げられている情報を鵜呑みにするのではなく、たくさんの情報の中から必要だと思う情報を選びとれるような人になってほしいので、そのための準備段階として、図書情報センターがあると思っています。ですから、読書にしても学習にしても、中高の段階では教員の進めた本を使ってもらっているのですが、2冊の本を比べて視点が違うというところに気づき、いくつかの中から自分に適切な本を選べる力を身につけてほしいと思っています。
生徒さん達と関わられている中での喜びはありますか。
【加藤先生】本が苦手だったり、絶対に読めないという生徒もいます。でも、そういう生徒に合わせた本を紹介すると、読んでくれることがあるんです。そして、読んでいるうちに、本によって同じテーマでも内容が違うことを発見して、どうすれば一番自分の求める情報に出会えるかということに気付けるんです。そういう発見の機会の得られる学習を与えられることは、生徒と関わるうえでの良さですね。
利用状況はどうですか。
【加藤先生】学年によっても利用状況は全く違いますし、読む生徒は毎日のように2、3冊借りていくのですが、1年に1回ぐらいしか借りに来ないという生徒もいます。そういう読まない生徒に働きかけるのが、センターの課題です。教科の先生にセンター内で授業をしてもらって、その帰りにこんな展示しているということに気づいて興味を持ってもらいたいと、いろんなコーナーを作っています。なかなか難しいのですが、出会う場所がなければ出会わないこともあるので、自分のアンテナの外側にある情報をみせてあげられればいいかなと思っています。
今後、読書教育という意味でやりたいことはありますか。
【加藤先生】読書離れと言われていますが、本を読むということが、生涯を通じて、自分の楽しみの一つで在り続けてほしいと思うんです。スポーツが好きな生徒もいますし、映画が好きな生徒もいます。そのたくさんの自分の趣味の中の一つに読書であったり、新聞を読むことがあったりすればと。それを伝えていきたいですね。
文体練習 (レーモン・クノー・コレクション 7)
レーモン・クノー
水声社
最後におすすめの1冊を教えてください
【加藤先生】「文体練習」という本です。一つの出来事をいろいろな文体で書いていくというもので、もともとフランスの本なのですが、日本語に訳されているものもすごくおもしろいです。なまった文体だったり、新聞記事風であったり、和歌になっていたりするんです。手にとって読んで楽しい本ですね。

先生の書評

同志社女子中学校の本好きの先生にオススメの本を自由に書評して頂くコーナーです。
恩師に出会う時

 この本は先生の「えらさ」をことさらに強調するような説教くさいものではありません。どちらかと言うと、教える「先生」ではなく、学ぶ「生徒」の態度について書かれたものです。
 さて、みなさんはどんな先生が「いい先生」だと思いますか? たくさんの知識を持っている先生でしょうか? それとも、話がおもしろい先生でしょうか? 中には、自分を正しい道に導いてくれる先生だと言う人もいるかもしれません。おそらく、みなさんがそれぞれ想像する「いい先生」が、みなさんにとって確かに「いい先生」なのだと思います。「知識を得たい」と思っている人には、たくさんの知識を持っている先生が「いい先生」でしょうし、「おもしろい話」を聞きたいと思っている人には「話がおもしろい先生」が「いい先生」なのでしょう。では、もしもあなたが求める「話がおもしろい先生」に出会えなかったら、どうなるのでしょう。あなたは先生運が悪いということになってしまうのでしょうか?

 自分が求めているものを与えてくれる先生は確かに「いい先生」かもしれませんが、実は学校という場所は自分が求めているものだけを得る場所ではありません。むしろ、自分がこれまで気づかなかった自分に必要なものを得るのが学校という場所だと私は思います。そして、そのひとつのきっかけとなるのが先生なのではないかと思います。あなたよりも先に「えらい先生」はいません。もしも、あなたがある先生によって自分に必要なものに気づかされた時、その先生が「えらい先生」になるのではないでしょうか?
同志社女子中学校・高等学校 ホームページ
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