さまざまな分野で活躍するOBが毎年10名前後集うなか、2025年11月の開催では、医師、IT起業の起業家、広告代理店社長、建築家、商社勤務、ホテル支配人、環境分野を専門とする経営コンサルタント、小学校教員など、幅広い分野で活躍するOBが登場しました。その一部のレポート、OBの言葉、さらには体験した生徒のコメントを紹介します。
AIやロボットを活用する手術の最先端を知り
トレーニングキットで切開や縫合に挑戦!
医者になることがゴールではない
理系の素養を育むフロントランナーコースを中心に、20名の生徒が参加した整形外科医・村上友彦さんのOBワークショップ。テーマは『現役医師が語る医療の最前線』。医療とは無縁の家庭で育ち、甲南時代はスポーツに熱中する日々を過ごしたという自己紹介から、ワークショップはスタートしました。
村上さんが医者を志すきっかけとなったのは、甲南中高の卒業生であり、NHK「プロジェクトX」に登場した心臓外科医の須磨久善氏です。
「僕も君たちと同じ高校1年生のときに、甲南に来られた須磨先生からお話をうかがう機会がありました。先ほど君たちに『医者と聞いて想像するのは、白衣で聴診器を持つ姿ですか?それとも手術着姿ですか?』と質問しましたね。実は、あれは当時須磨先生が僕たちに投げかけた言葉なのです」。
須磨氏が「自分は手術着姿しか想像しなかったので外科医になった」と話していたことが、進路を迷っていた自分に大きな影響を与えたと、村上さんは振り返ります。
医学部受験については、「国公立大学と私立大学の差は偏差値と学費程度です。医師国家試験の合格率は、東大医学部と偏差値の低い医学部で、ほとんど差はありません。僕も私立大学出身ですが、重要なのは医者になってからの努力です」と強調しました。
さらに、整形外科医として働きながら人工半月板の研究に取り組んだ経験に触れ、「手術や治療で目の前の患者さんを救うことも大切ですが、コロナウィルスの特効薬やガンの治療法を発見できれば、さらに多くの患者さんを救えます。それも医者として大切な役割です」と、学び続ける大切さを甲南生に伝えました。
膝専門の整形外科の日常とは?
膝を専門とする整形外科医として、外傷、変性疾患、関節リウマチ、スポーツ外傷まで幅広く治療している村上さん。
「実は昨日、当直でした。夜は、転倒して骨折した10歳の子どもの緊急手術、朝は90歳のおばあちゃんの膝の手術をして、そのまま甲南に来ました」と、さわやかに語ります。「スポーツドクターとして、世界的な大会に出場する選手に同行することもあります」という話に、甲南生たちは憧れの眼差しを向けました。
また、手術では内視鏡手術や人工関節置換が多いこと。AIやロボット手術の導入、海外の先進事例を視察していることなども紹介しました。
さらに、実際のメスや鉗子などの手術器具を広げた村上さんに、生徒たちは「すごい!!」と興奮を隠せない様子。人工皮膚が使った研修医向けのトレーニングセットを教壇に設置し、メスの持ち方、ピンセットの展開操作、針での縫合まで、手首や指の使い方を示しながらデモンストレーションを行い、甲南生たちの尊敬を集めました。
続いて、生徒たちも村上さんのアドバイスを受けながら、切開や縫合を楽しそうに体験。外科医を志す声もあがり、「今日が医者をめざすきっかけになれば嬉しい」と村上さんも笑顔に。最後まで生徒からの質問にていねいに応え、ワークショップは終了しました。
探究心を持って常に学ぶ意志を
ワークショップ担当OB
城山病院 人工関節・膝関節機能再建センター勤務
整形外科医(膝専門医)
村上 友彦さん
OBワークショップへの参加は4回目です。最初は7年前で、中学時代からお世話になっている先生方に、「あの頃の自分を思い出して話をしてあげてほしい』と誘われたのがきっかけでした。コロナ禍では実技ができなかったこともあり、今回はぜひ後輩たちに手術体験をしてもらおうと思って、道具を持参しました。こうした体験が、子どもたちの将来を決めるきっかけになれば面白いと思います。
また、私には2人の子どもがいます。ひとりは医師を、もうひとりは漫画家になりたいと言っていまして、甲南の後輩たちの進路の悩みも他人事ではありません。実際に過去のワークショップで「親は医者ですが、自分は漫画家になりたい。両立はできますか』と質問してきた生徒がいました。私は「努力は倍必要かもしれないけれど、挑戦するのは悪くない」と答えました。そんなふうに自分だから届られる言葉で、後輩たちが選択肢を狭めず、前向きに進んでいける環境を作ってあげる助けになれたらと考えています。
吉川 檀くん/フロントランナーコース
生物研究部に所属していて、医療や生物学に興味があったので参加しました。手術道具を使った実習はとても楽しかったです。僕は研究者を志しており、再生医療にも関心があるので、医療の最前線について知ることができた今日の話はとても興味深かったです。村上さんが研究や勉強を続けながら仕事に取り組まれている姿勢にも、大きな感銘を受けました。
梶本 紘平くん/フロントランナーコース
「研修医時代に一番大変だったことは?」と質問したときに、「末期がんの患者さんのご家族にどう寄り添うか。病状への質問に答えるためにも、かなり勉強した」とお話されたことが強く印象に残っています。縫合が上手くできなかったので外科医は難しいかもしれませんが、どの分野の医者をめざすにしても、常に新しい知識を学び続ける自分でありたいと思いました。
スタートアップへの挑戦は早い方がいい!
起業家精神を甲南生に注入
スポーツ選手には4月生まれが多い
アドバンストコース(2024年度入学者よりメインストリームコースに名称変更)の生徒を中心に、起業やIT業界に興味がある甲南生26名が参加した小谷さんのOBワークショップ。
小谷さんは工学部を卒業後、就職する周りに背を向け1年間バックパッカーとして世界を巡った後、起業を決意。ベンチャー企業で経験を積み、24歳で起業して転職口コミサービスをリリースしました。4年後には事業ごと上場企業に売却して社長を退任。現在は二度目の起業に挑戦しています。
起業にはさまざまな方法がありますが、小谷さんはスタートアップ型の起業手法を選択。まず銀行や投資家から資金を調達し、赤字状態から短期間で事業の急成長をめざすスタイルです。甲南生が「リスクが大きいのでは?」と驚くと、小谷さんは「AppleもGoogleもみんなスタートアップです。大変なことはいろいろ起こりますが、それを含めて面白い」と言い切りました。
また、スライドでサッカーや野球選手には4月生まれが多いというデータを示し、「4月生まれは体の成長が早く、試合に出る機会に恵まれる。つまり能力は場数を踏むことで伸びる。起業に置き換えると、スタートダッシュが重要だということです」と、若年での起業メリットを強調しました。
起業では事前に想定できないことが起こるため、準備が無駄になることが多いが、若い方が投資家や先輩起業家に可愛がられることや、起業経験が就職でもセールスポイントとなることなどを、実例を交えて紹介。起業に漠然とした不安を抱いていた甲南生たちの表情は、徐々に変わっていきました。
売上は因数分解の考え方で変わる
小谷さんが起業家の素地を養ったのは、大学時代のアルバイト先で経営者に見込まれ、売上向上の方法を一緒に考えた経験です。
「数学で習った因数分解と同じ考え方です。ビジネスにはKPIという用語がありますが、売上を伸ばすロジックを見つけるには、売上を構成する要素を分解することが大切です。私はこの方法で、最終的に売り上げを7.5倍まで伸ばしました。この経験が起業家としての僕の原点です」と語り、学生時代の実体験が将来の糧になることを説明。失敗を恐れずアイデアを実行に移すチャレンジ精神が、起業には欠かせないことを伝えました。
質疑応答では、参加者の半数近くが挙手。「起業のメリット」「借入をする理由」「AIの台頭で今後生まれるビジネス」「今からの起業成功の可能性」「起業パートナーの見つけ方」「情報収集法」など多岐にわたる質問に、自身の実体験を交えながら小谷さんは回答されました。
さらに「日本の平均年収は今後上がるのか」との質問には、日経平均やNISAを例に、日本の現状を解説。学生時代から投資を含めたお金の勉強をすることの重要性を伝え、「起業したくなったら相談しにきてください」と後輩たちにエールを送りました。
甲南出身の起業家を増やしたい
ワークショップ担当OB
株式会社ポイマ 代表取締役
IT起業家
小谷 匠さん
「2018年に初めてOBワークショップに呼んでいただき、今回で6回目の参加になります。私が引き受ける理由の一つは、親が経営者という甲南生が少なくないものの、自分で起業するケースは少ないと感じるからです。家庭に経営者を育てる素地があっても、親世代にはスタートアップへの知見が少なく、現代的な起業家精神を育てるのは難しいのではないでしょうか。そのため、私の体験をリアルに伝えることで、甲南生の意識に良い影響を与えられればと考えています。
そしてワークショップで最も伝えたかったのが、「起業するなら見切り発車ぐらいの勢いで!」というモチベーションの部分です。現状では、早慶や東大出身者が多い起業家コミュニティに、甲南出身者が増えることを期待しています。
三澤 智也くん/アドバンストコース[グローバル]
IT分野の仕事に関心がありますが、僕はリスクをできるだけ避けたいタイプなので、これまで起業は考えていませんでした。しかし、小谷さんに「起業して不安になったことはないか?」と質問したところ、「リスクヘッジの方法はいろいろあるので、あまり気にしなかった」との回答をいただき、意外に大丈夫かもしれないと思いました。起業の具体的なノウハウを聞けたこともあり、挑戦したい気持ちが湧いてきました。
中井 亮耀くん/アドバンストコース
小学生の頃からプログラミングを学んでいたので参加しました。起業には少し怖い印象がありましたが、「経営は因数分解だ!」という話がとても面白く、起業はしなくても将来の自分を助けてくれる考え方を学べたと思います。まだ小谷さんのように30代で成功している自分は想像できませんが、失敗を恐れず、今のうちに挑戦したいと思います。
OBの母校愛が後輩に火をつけて道を示す
他にも、地球環境を守りたいという想いを仕事にどう結びつけるかを、野村総合研究所や国連機関、環境NGOなどでのキャリアを通じて紹介した日比さん。商社の仕事をゲーム感覚で体験させた嶋田さん、観光業を通じた地域貢献を熱く語った田村さんなど、さまざまなキャリアや想いを持つOBが、甲南ボーイを刺激したワークショップ。OBが抱く母校愛が後輩に火をつけて道を示す、甲南ならではのイベントでした。






