関西大学中等部には、「考える科」という授業が毎週1時間あります。そのカリキュラムは年間や学年を通して細かに組まれ、内容は中学生には難しそうに思えるものが並びますが、この授業はどのような主旨で、生徒にどんな考える力をつけるために取り組まれているのでしょうか。「考える科」を企画立案され主導されている松村湖生先生と、中学1年から「考える科」の授業を受けている中等部3年生3人に話を聞くとともに、その授業を取材して、その成果を探りました。
担当の松村先生に聞いた!

Question「考える科」

Q.“考える科”って何ですか?

A
「考えるとは何か」を学ぶ、思考力の育成に特化した独自の授業です。ものごとをより深く、そして考えるために必要な思考スキルを活用して、自らの考えをまとめ、ディスカッションやディベート・プレゼンテーションなどを繰り返すことで、実践的な表現力を身につけます。道徳的な内容や目的も持つこの「考える科」で養った力を基盤に、教科学習や課題解決型の探究学習である総合的な学習の時間には、考える科で学習したことがリンクできるようにしています。(松村先生)

Q.“考える科”ってどんな授業内容ですか?

中等部1年生
中等部1年生
1年生は「考える科とは?」から始まり、生徒たちに必要なコミュニケーションを取るとはどういうことなのかを考える「1way-2wayコミュニケーション」に取り組みます。その後、「ロールプレイング」や「なぞかけ大会」をさせながら、多面的な視点で発想を広げる“水平思考”をつけ、次に評価することに重きを置いて「どのようなプレゼンテーションが良いか」を考えて発表させます。それから「調べるミッション」です。ここでは、“なぜ本は四角いのか”などといった生徒が考えたことがないようなテーマを与え、情報収集、比較・分類、構造化することを学んでいきます。そして自分たちの中で結論を出していきます。
1年生“考える科”年間計画

1年生“考える科”年間計画

考える科とは(1)
1way-2wayコミュニケーション(1)
こんなときどうする?~ロールプレイング~(5)
Verbal-Non Verbalコミュニケーション(1)
なぞかけ大会~水平思考~(3)
よいプレゼンテーションとは?(8)
調べるミッション(9)
※( )内は授業時間数
中等部1年生
中等部2年生
中等部2年生
2年生になると、コンセンサスを得ることを目的とした「コミュニケーション学習」にもう一度取り組み、人に物事を伝えるのはどういうことかを「伝える力」でやった後、「ストレスマネジメント」に入ります。「ストレスマネジメント」は、本当にその受け止め方で正しいのか、批判的に見てみようということですね。最後は論理的に物事を考え、構造化した文章を作るためにディベート大会を設定しています。ディベートに関しては立論を作ることに重きを置き、2分間しっかりと立論を話すための文章を書かせています。もちろん、質問や反駁にも時間をとって取り組んでいます。
2年生“考える科”年間計画

2年生“考える科”年間計画

コミュニケーション学習(8)
伝える力(2)
ストレスマネジメント(8)
ディベート大会にむけて(13)
ディベート大会(2)
※( )内は授業時間数
中等部2年生
中等部3年生
中等部3年生
3年生の特徴的な授業は、「新しい大学入試を考えよう!」です。昨今、変化してきた大学入試問題を参考にして課題を出しています。昨年は、昭和30年頃の高槻の写真を見て「感じるところを述べなさい」というものでした。取り組み前に生徒からは「大学では、どんな文章を書いたら合格ですか?」という質問が当然出ます。そこで、「どんな人間が社会で活躍できるだろう」「そういう人間になるにはどういう文章を書けば評価されるのだろう」というルーブリック作りをします。その後、写真を見ながら「この女の子はおかっぱだ」とか「この男の子は長ズボンできちんとした服を着ている」とか、写真でわかる情報に付箋を貼っていくんです。そこまでの作業が終わってから、ようやく文章を書いていきます。書いた文章はグループで交流して、クラス代表を決め発表します。今年は、大阪の梅田のビルディングの写真をいろんな視点で見て書きました。
「いのちの学習」については、自分のいのちについてどう考えるかが人権教育の基本なので、考える科の最後に持ってきています。性教育やキャリア教育、そして人権教育を含め、自分がどうやって誕生したか、どうやって人生を歩んできたか、どう人と関わって育ってきたかを考えさせます。
3年生“考える科”年間計画

3年生“考える科”年間計画

考える科とは(1)
パラグラフライティング(6)
新しい大学入試を考えよう!(9)
いのちの学習(18)
※( )内は授業時間数
中等部3年生

PHOTO GALLERY

取材日の中等部3年の「考える科」の授業は「新しい大学入試を考えよう!」の最終授業。すでに大阪駅前の写真を見て400字に書くという課題は終え、秋に研修で行くカナダ・バンクーバーの3枚の写真から感じたことを書く追加課題に取り組んでいるのだという。前週にクラスのグループ発表で選ばれた計9人が、3クラス合同授業で発表を行っていた。
教室内のモニターには、原稿のもとになった写真が映し出されているが、どれも大きな特徴があるようには見えない風景写真。しかし、生徒たちは縦になった信号、古い建物、右側通行の車道、緑の多さなど、それぞれに視点を見つけて掘り下げ、「なぜだろう」「どうなっているんだろう」と多様に発想を広げていく。色に着目して「偏見をなくす取り組み」に落とし込んだり、ゴミ箱を「日本の状況に仮説する」など、そんな見方があるのかと驚かされる発表をしていく。
聞いている生徒たちは1人ずつの発表の良いと思った「Plus」、改善した方が良いと思った「Minus」、興味深いと思った「Interesting」や、「グローバルな感覚」「人間力(社会人基礎力)」「マネジメント力」も4段階で評価用紙(ルーブリック)に記入する。最後は、9時間にわたった「大学入試から考える」の授業を、全員が振り返りシートに記入して、50分の授業は終わりを迎えた。
写真を見て感じたことを書くというシンプルな作業なのに、自分なりの視点を掘り下げ、広げていくことは実に難しい。その思考の方法を中学段階から鍛えられた彼らが、高等部を経て、この力をどう伸ばして活かしていくのかが楽しみだ。
Students Interview

Students Interview

森谷くん
視野が広がり、ひとつのものを枝分かれして考えられる
深澤さん
自分なりの見方や人とは違うことに気づけるようになって自信がついた
井上くん
世の中には正しい情報も間違っている情報もあり、自分の判断力が大事
― 「考える科」の授業を中学1年から受けてきて、印象的だった授業を教えてください。
森谷くん ディベートの授業で、自分の主張で相手を傷つけず尊重することが大事だとわかり、相手に対して批判することも大事だということもよく知りました。それに、書くことは簡単でも、相手に伝えるのは難しいということもわかりました。
深澤さん 1年生の時にレゴでモノづくりをしたのですが、想像力やチームワーク力を高めることができたと思います。どう作るかを考えたり、ここに置いたらいいのではないかとか、みんなで意見を出し合いながら作れたんです。
井上くん 僕も一番印象に残っているのはディベートです。ディベートは結構好きなんですが、小学校でやっていた時よりもテーマのレベルが上がっていて、相手が主張してくる意見に対して自分が考える時の時間が楽しかったです。ディベートでは自分の主張も大事ですが、相手を予測することも同じくらい大事なので、相手の立場に立つという考え方や力がついたと思います。
― 自分たちで考え、体験する授業だからこそ身につくことは多いですか。
井上くん 実際に自分たちの班で意見を組み立てていくときに、予想していなかったことも起こるんです。臨機応変に考える力もつきます。
深澤さん 体験することによって、「この前はそうしたから、今回はもう少し分かりやすくしよう」とか、いろいろな新しい考えやより良くするための発想が具体的に浮かんでくるんです。
森谷くん とっさに何かを考えないといけない時に、頭に入っていることがすぐ出て来るように、普段からニュースを見たり読んだりして情報を集めることが大事だと感じます。
Students Interview 井上くん 深澤さん 森谷くん
― 「考える科」の授業を受けたことで、自分自身が成長したと思うところはありますか。
森谷くん 1年生の時より、視野が広がりました。ひとつのものを見ても、それが枝分かれにいろいろな物事につながっていくことを、3年生になってよく感じています。例えば、空を飛んでいる飛行機を見て、以前は「ただ飛んでいるな」だけだったのが、「なぜこの高度を飛んでいるのか」「どこへ行くのか」とか、「戦争の時は日本にこういう飛行機があった」といった日本の歴史、国家体制、アメリカとの工業力の差など、どんどん枝分かれに連想していけるようになったんです。
深澤さん 1年生の頃は同じ意見が出ることが多かったのですが、誰かが違う意見に触れると先生から「すごい」と褒められることがあって、「次はみんなと違うことを見つけよう」とか、「みんなと違うところに触れてみよう」という気持ちを持ったんです。今はみんなが違うところに触れているので、そこは成長したかなと思います。私は姉がいるのですが、勉強がすごくできて、ただ追いかけているだけでは絶対に追い付けないという気持ちがあったんです。でも、自分なりの見方をしたり、人とは違うことに気づけたりすることで、自分に自信が持てるようになりました。
井上くん 先生からテーマを出されたときに、大体みんなが書きそうな内容は予想がつくんです。それではありきたりだし内容も深まらないから、みんなが書きそうなことは書かずに文章を書くというようになりました。みんなが肯定しそうな事柄を否定的に見ると、みんなと違う深いことが書けたりするんです。
― 面白い考え方ですね。それは、学校以外でも生かされることはありますか。
井上くん 最近、インターネットを結構使いますが、正しい情報も間違っている情報もあって、自分で判断できる力が大事だし、そういう力はついてきているんじゃないかなと思います。これからいろんなことを教えられて生きていくと思いますが、必ずしも指導者が正しいとは限らないというか、そういう疑問を持つことも大事だという思いを持ちました。
― 深澤さんや森谷くんも、「考える科」で学んだ物の見方や考え方で将来に生かせそうなことはありますか。
深澤さん 卒業論文などを書く時にも、みんなと違う点に触れられる学習をしていると思うので、今、「考える科」でそういう文を書くことはいい経験になると思いますし、社会で生きていく際にもみんなが触れないことに目を向け、人と違う考えを持っていけそうな気がします。
森谷くん 周りから入ってくるいろんな情報に関しても、ニュースで報道されることだけを信じるのではなく、原因をきちんと自分で調べたり、多方面からの意見や主張を自分の中できちんと整理して、自分の答えを自分の中で出せればいいなと思います。

Teacher
Interview

関西大学中等部
松村湖生先生(SGH推進部主任)
「考える科」のこだわりは“14歳”
この思考法を学んだ生徒は
社会に出てもより活躍できる
― 「考える科」は何年前からの取り組みですか。
松村先生 開校初年度の2010年からです。現カリキュラムは確立して3年目ですね。以前は総合的な学習の時間の取り組みでしたが、今は道徳の時間に取り組んでいます。これは道徳をないがしろにしているのではなく、次の学習指導要領でも「考える道徳」が注目されているように、道徳も考えなければいけない科目であり、僕も前から道徳は読み物を読んで感じるだけではなく、考えないと解決できないと思っていましたので、ちょうどいいと考えました。1年生が「コミュニケーション学習」から入るのもそういう理由からで、人の気持ちを考えることを大切にしてほしいからです。
― 「考える科」の3年間の予定がしっかりと組まれていますが、各学年や3年間の流れで重視されたことはありますか。
松村先生 14歳ということですね。子どもたちは中学2年の14歳の時期に大きく変化をするんですよ。思春期のど真ん中で、14歳に一番心を耕すようなものを持っていかなければいけないという思いがあり、そこにストレスマネジメントを入れています。それは僕のこだわりです。
もともとは2年生に「いのちの学習」も入れていました。ただ、今の生徒たちは情報が早く入ってきて、性教育的な内容もどんどん先に知っていく一方、精神的な成長は少しゆっくりな気がするんです。それで「いのちの学習」は3年生がふさわしいのではないかということと、「考える科」の最後の学習は人として大事な命について学んでほしいと考え、3年生の最後に設定しました。
Students Interview 井上くん 深澤さん 森谷くん
― 先生が大切だと考えられる14歳という時期に、ストレスマネジメントが必要な理由は?
松村先生 ストレスマネジメントは、ストレスをなくすという取り組みではなく、ストレスのメカニズムを知って上手に付き合うという学習です。成長段階の一番真ん中って本当に悩みます。不登校やいじめの問題などと多く向き合う時期ですから、それに自分で対処できなければいけません。そして一人では解決できないからみんなで向き合う「社会的支援」があるということを考えるには一番いい時期かなと思います。
― この年齢ならではのストレスとの付き合い方を学ぶわけですか。
松村先生 そうです。ただ、そのストレスが大人よりも少し単純なので、対処法を考えやすいし、この時期に考えられるようにしておくことが大事なのです。例えば、親がうるさい、成績が悪い、部活がしんどいといったストレス要因が多いのですが、そこからのストレス反応がどうやって出てきているか、ストレス反応が出てしまったらどうしたらいいかを先に考えさせて、リラクセーションの仕方や体を動かすアクティベーションのようなことを体験してもらいます。こうしておくと、部活動や行事で生徒同士がもめたとしても、「整理をすると、君のストレッサーはここだったよね。そこでこういう評価をしたから今こうなっているよね。で、どうする?」というような話がしやすいんです。授業で学んだことが教師と生徒の共通言語になっているので、ストレスマネジメントができるんですね。それを繰り返し使うから定着して、活きてくるんだと思います。
― 「考える科」の授業を受けた生徒たちの成長や変化は感じられますか。
松村先生 落ち着きを感じますね。文章の視点が多岐に渡ってきていますし、「違うことを書いてみよう」とか、わざと否定的に入ってみようとか、すごく面白いことを書くなと思っています。そういう視点が持てるようになるのは、やはり3年生です。
Students Interview 井上くん 深澤さん 森谷くん
― 「考える科」の授業の必要性を実感されるのはどういう部分でしょうか。
松村先生 20年前も今も、こういう教育は必要なんです。ただ、今は20年前と違う要素を入れなければいけません。例えば情報化社会になり、昔とはコミュニケーションの取り方が全く違いますから、コミュニケーション学習の中にはスマホやSNSのやり取りが必ず入っています。また、最近強く感じるのは、グローバルイシューを考えられないと、世界では生きていけないということ。グローバルイシューを考えるなら視野を広げなければいけないわけで、「考える科」でその訓練をしているイメージですね。「考える科」で思考すること学んだ生徒たちなら、社会に出てもより活躍できると思います。
― 「考える科」のカリキュラムや取り組みは、今後も進化していく?
松村先生 今、「考える科」は担任が教えていますから、各学年の課題と先生方の思いをもっと指導に反映していくべきだと思っています。学年によってはもう少し人の生き様みたいなものを入れたいとか、リニューアルしながら個性を出していきます。また、平成30年からの新学習指導要領を施行しなければいけない時期に、道徳の見直しの必要がありますから、それに沿って少しずつは変えることになると思います。
― 「考える科」を先生方が指導されるというのは、個性も出ますが、大変な部分もありそうですね。
松村先生 そうですね。やはり担任の力量は大きいです。「考える科」では担任が教えこむのではなく、生徒たちをエンパワーする(自律を促す)のが我々の仕事ですが、アドバイスや専門的な知識注入のタイミングが難しいんですね。生徒が気づいた視点や発想を別の角度の切り口もあること、そしてより深められるように、担任にもっと突っ込んであげてほしいし、「おもしろいところに気付いたね。このへんをもう少し調べてみたら」との一言だけで生徒ももっと考えます。今はまだそんなやり取りを担任と頻繁にやっているところです。「考える科」を持続するためには、先生方も訓練して強くなってもらうしかありません。本校の教育の大きな特性を担っていますから、次の世代にもつながるようにしていきたいですね。