2016年、春の選抜高校野球大会の21世紀枠で京都府の推薦校に選ばれて注目を集めた洛星高校野球部。当時は部員が10人ということも話題になりましたが、ココロコミュ取材時は高校3年生が引退し、高2・高3部員8名と、秋に引退した中学3年生が広いグラウンドで一緒に練習に励んでいました。中学1・2年の野球部員たちは約30名いますが、屈指の進学校であるため、休みが週1日の高校野球部に全中学部員が進むわけではありません。しかし1951年創部で、多くの先輩たちも学業と両立しながらクラブに打ち込んで成果を出してきた同部。そこには受け継がれてきたクラブの伝統と熱い魂があります。放課後の限られた時間で精いっぱい練習に励む部員と、自身もOBである中村監督に洛星野球部の真髄を取材しました。
知りたい! 洛星野球部
モットーは「黙々と」
代々受け継がれている野球部のモットーは、黙々とやり続けること。短い練習時間も、実戦形式に近いシートバッティングやダッシュ練習に黙々と打ち込む部員たち。牽制の練習や盗塁・走塁など、それぞれに応じたメニューが割り振られる。
目標は「大学現役合格」と「甲子園出場」
進学校である洛星中学校・高等学校の野球部だからこそ、東京大学や京都大学といった最難関大学への現役合格と部活の目標である甲子園出場は同列の目標。両目標を達成するために、文武のバランスを取りながら日々努力を重ねる。
野球の本質を理解してプレー
野球の本質理解を大切にしている同野球部。例えばダッシュ練習も、急停止する部員の骨盤が上下に無駄な動きをしていないかをiPadでチェックするなど、プレーするうえで必要なことは何か、勝利のために求められることは何かを考えながら、貴重な練習時間を費やす。
洛星野球部 / Profile

創部:1951年
部員:高校生8名(高1:4名、高2:4名)、中学生約30名
練習日:月、水、木、金、土。日曜に練習試合[週1回休/月1回休]

野球部のモットーはどんな時も
黙々と波を作らずやり続けること
歴史ある洛星野球部ですが、部としてのモットーや大事にされていることはありますか。
中村監督
前監督からずっと言われているのが、「黙々と」という言葉を大事にすることです。黙々と一生懸命努力し続ける。人にはいい時も悪い時もあるけれど、どんな時でも黙々と波を作らずやり続ける。そうしたことが野球部の代々続いているモットーです。
黙々と波を作らずやり続けるというのは、中高生には難しそうですね。
中村監督
そうですね。気持ちの浮き沈みがある中でも波を作らず、自分のやれること、できることをしっかりやり続けること。目先の結果や表面的なことに捉われないこと。そういう本質的なことを大事にしなさいと、部員たちにはよく言っています。
野球ですから、どうしても勝ち負けに引っ張られ、気持ちも揺らぎがちになりますよね。
中村監督
勝ち負けに引っ張られるのは自然なことだし、あって然るべきことですが、それ以上に大事なことがあると言い続けています。どうしても「打てばいい、勝てばいい」という目先の結果に走ってしまいがちですが、それ以上にしっかりと日々継続して努力していることが尊く、進学校で練習時間も短い環境の中で、野球も勉強もやり続けていくことの意味に気づいてほしいと思っています。 例えば大学受験も、不合格になったら今までやってきたことはすべて無駄なのかというと、絶対にそうではありません。何においても過程の部分を大事にするということは、しっかりと伝えていきたいですね。
中村監督はOBであり、野球部の監督になられて15年ということですが、現役時代の野球部と変わったところはありますか。
中村監督
大きく変わったところはありませんね。練習時間が1日2時間程度で、他の高校野球部に比べたら短いので、集中して取り組むところは昔と全く変わっていないです。結局それが勉強にもつながってくるんですよ。
そうやって結果を出された先輩方は多いのですか。
中村監督
多いですね。夏の大会で負けたら6年間毎日やってきたことが急になくなるので、しばらくはなかなか切り替わらないみたいですが、夏休みの終わり頃からエンジンがかかり、そこからの集中力はやはり野球を6年間続けてきた生徒たち独特の爆発力があるなと感じます。
見えないところに大事な部分がある野球
一般的にイメージする野球部との違いを感じられることはありますか。
中村監督
それは全然違いますね。先輩、後輩もあってないようなものですし、皆ものすごく仲がいいです。
だからこその強みはどこだと思われますか。
中村監督
ある意味浮世離れしているかなと思います。いわゆる「高校野球」の世界を知りませんから、試合中も振り回されずに、どこの学校が相手でも集中力を発揮してくれるんです。通常、高校野球部員たちは、中学でどこかのチームに所属していて序列があったりするものですが、本校の部員たちはそれを知らないので、「これは強いな」というチームに対しても平静で戦ってくれます。わかっていないからこその強さがありますね。
野球部としての目標は、やはり甲子園出場ですか。
中村監督
もちろんそうです。東大、京大に現役で行くことと、甲子園に出場して勝つことを大目標にしています。その大目標に向けて近づき、達成するためにはどうすればいいのかを常に考えながらやっています。
学業と両立させるうえで何か指導されていることはありますか。
中村監督
学年ごとに勉強もチームで動けるようにしています。勉強が得意な生徒もいれば苦手な生徒もいるので、苦手な生徒をみんなで教えながら、チームでしっかりと勉強面の成績も上げていこうという感じですね。
チームでの一体感が学業でも生かされているんですね。今、引退した中学生が高校生と一緒に練習していますが、中高6年間の連携もあるのですか。
中村監督
実はこれまであまりなくて、中学は中学、高校は高校という感じでした。でもせっかくの中高一貫教育ですから、野球部でもそれをスタートさせつつあります。特に今の中3生は高校野球部のコーチが体育教員としてずっと受け持っていた学年なので、夏に中学野球部を引退して1日オフを置いてすぐに高校野球部に入ってきたんですね。そういう流れを今後も作っていこうと思っています。
特に進学校の場合、「戦略野球」と評されることも多いですが、洛星野球部でも意識されているのですか。
中村監督
そうですね。野球の本質の部分をしっかりと話しています。「野球はこういうスポーツだから、こういう戦い方をしていく必要があるよね」ということですね。 野球は、打ったとかピッチャーの球が速いとかよりも、実は見えないところに大事な部分があるスポーツなんです。特にバッティングでいうと、3割で良いという失敗の多いスポーツの中で、10割を求めても選手にとっては酷な話です。では、野球の中での10割は何だと考えたときに、カバーリングとかリードとか、そういったできることをどんどん増やしていって積み重ねていくことが大事で、実はそれを理解してやれた時に戦えるようになっていくんです。
部員たちもそれを理解してプレーに臨むわけですか。
中村監督
いや、なかなか理解するのは難しいですね。どうしても打ったとか抑えたとか、そちらに目が行きがちですから。そこは一番苦労するところです。
でも、そういう野球の本質を理解してプレーするところを含めて、洛星の野球部というわけですね。
中村監督
そうです。それがなくなってしまうと、勝負できません。もちろん体力も絶対に必要ですが、そこだけでは序列に入ってしまいます。どう山を登っていくのか。そこを考えないと、一般的な野球部と同じ登り方では絶対に上にいけないんです。
監督自身が思われる今後の目標は?
中村監督
東大の野球部や京大の野球部の中に洛星の野球部員の名前をずらりと並べるというのは、僕にとってのひとつの大きな目標ですね。東大で野球をやっていた4回生で、来年から社会人野球にいく元部員がいるんです。たぶん洛星で初めてではないかと思います。そういう子が出てきたのは嬉しいし、現役の部員たちや後輩たちのひとつの目標になるだろうと思います。そういう状況がもっと作れて、甲子園という場所に行けたら、本当に最高ですね。
練習で疲れているときは
夜9時就寝、朝4時起床
並川くんが野球部に入部した理由を教えてください。
並川くん
体験入部でバッティングをさせてもらって、面白かったのでやってみようかなと思いました。野球はやったことがなかったのですが、プロ野球は好きでよく見ていたんです。
中学野球部はどんな印象でしたか。
並川くん
小学校の頃からやっている人が多くて、みんなうまかったです。僕は中学から始めたので最初は全然ヘタでしたが、1学年に20人くらい部員がいたので、「毎日練習をして、ちょっとずつでもうまくなって試合に出たい」と思っていました。中1のときは先輩と一緒にノックを受けていたので、うまい先輩の取り方を見て自分もマネをして、「今日のノックでは前よりミスを減らす!」と思っていましたね。
並川くんが高校でも野球部を続けた理由は?
並川くん
中3で中学野球部が終わって、高校でもスポーツはやりたいなと思っていたんです。勉強のこともあるので、高校野球部で続けていけるか不安がありましたが、監督に誘っていただいて入ろうと思いました。
やはり野球と勉強の両立は大変ですか。
並川くん
大変です(笑)。野球部の練習でダラダラしていると、家に帰ってからの生活も同じようになって勉強ができなくなってしまうので、グラウンドではしっかり早く動いて、そのままの感じで家に帰って勉強を済ませるようにしています。 どうしても練習で疲れているときは、夜の9時までには寝て、その代わりに朝早く起きて勉強するんです。宿題や予習がやばいときは、4時前に起きてやっています。
両立のために、自分なりに工夫しているんですね。他にも野球部に入って自分が成長できたと思うところはありますか。
並川くん
例えば、野球のプレーでは状況がどんどん変わっていくことがあります。ピンチになったりチャンスになったり、ランナーが出たり出なかったり、それに敏感に反応していかなければいけないので、その対応力やミスした後の切り替えが大切になってくるんです。それは勉強で解けなかった問題があっても引きずらずに次の問題を解いていくなど、切り替えてどうにかしていく力として役立っているかなと思います。
野球部のモットーは「黙々と波を作らずやり続ける」ということだと中村監督が言われていましたが、波に引きずられず対応できるように心を鍛えていくわけですね。
並川くん
そうですね。他にも、バッターの細かい特徴を見るという練習もしているので、テストでの見落としが少なくなってきたかなと思います。
勝つために、全員が野球を考えて力を発揮
新キャプテンとしての目標は何ですか。
並川くん
野球では甲子園に行って、勉強でも自分の第1志望に行けるように頑張っています。
洛星野球部としては、練習時間も短いし、ただ打つ練習の量をこなすというのではなく、野球の本質を理解して戦略的にプレーすることを大事にされているようですが、チームの意思統率においてキャプテンとして努力していることはありますか。
並川くん
僕はまだキャプテンになったばかりなのでうまくできていませんが、1学年上のキャプテンの方は、監督から聞いたことを下級生だった僕たちにすごくわかりやすく伝えてくださっていたんです。その時はわからなかったのですが、いざ自分がキャプテンになってみると、部員1人ひとり考えていることも違いますし、自分ではわかっていても伝え方を迷ったり悩んだりはしますね。でも、僕たちは全員が速い球を投げられたり、ホームランが打てたりするチームではないので、他校と戦って勝つためには、全員が野球をしっかり考えて力を発揮することが大切なんです。
そんな洛星野球部の強みは何でしょうか。
並川くん
先輩・後輩で隔たりのようなものがないので、後輩はちょっとしたことでも先輩に聞きやすいと思うし、先輩も後輩にアドバイスをしたり、後輩から教えてもらったりすることもできるんです。その一体感は少人数ということもあって強みになっているのかなと思います。
野球部では、精神面で学べることや成長ができることも大きいですね。
並川くん
そうですね。野球がうまくなることもありますが、一番は心の成長です。野球部で人に感謝することも学んだし、いろんな人に支えられていると感じることもできました。今、部員は8人ですが、野球は9人でやりますから普通なら試合ができないのですが、相手のチームに1人貸してもらって練習試合をやらせていただいたり、大学生のOBの方に来ていただいて試合ができたりするんです。そうやって自分たちを支えて下さる方がいることに、すごく感謝の気持ちを感じます。野球部は人として大きくなって次の舞台で羽ばたける力を養える場所だと思います。