「個性尊重」「自由平等」「自主自立」の教育理念を大切に、子供達を豊かに育む明星学園中学校。今回は、「自主自立」の精神が色濃く、考える力や表現する力を伸ばす美術科の授業に注目した。校内に掲示された絵画の数々からは、生徒がテーマの中で自分と向き合い、試行錯誤しながらも、自身の表現の可能性を追求していることが伝わってくる。なぜ、中学生にこれだけの作品が生み出せるのか。その指導方針や授業内容を美術科の吉野明日香先生に取材した。
明星学園中学校の美術科の授業では、「見て描く」「感情を絵にする」「模様・デザイン」の3つの領域の課題を3年間で徐々にレベルアップしながら繰り返し、最終的には卒業制作でその集大成を表現できるようになります。担当の吉野先生の解説で、各学年の課題作品を紹介します。※明星学園中学校の7年から9年は、中学1年から中学3年です。
7年1学期「1本のビン」 -ガラスのビンを描く-
小学校までの美術の考え方を一度リセットして、今までとは違った“見ること”と“表すこと”の基礎を学ぶのが、「1本のビン」の課題です。一般的に子供の絵は視点が固定されず、1枚の絵に正面や上からなど多視点で見た形が描かれることが多いです。そこでまずは補助具を使い、視点を固定して見るとどのように形が変形して見えるのかを確認してから「見えた」通りに正確に描いていきます。また同じ色でも明暗があることや透明水彩絵具の特徴を理解しながら、陰影のある立体的な絵が描けるようになっていきます。(吉野先生)
7年2学期「最初の絶望」 -感情を絵で表す-
詩を読んで、そこで描かれている情景や感情からイメージする世界を描く課題です。貧しい家の少年が大事なお金を落として絶望するというケストナーの「最初の絶望」を読み、少年の気持ちに自分を寄せて、深い悲しみや絶望的な感情をどう表現するかがテーマです。詩の場面は夜ですが、何も説明しないと多くの生徒は「壁は白。建物は茶色」と昼の絵のような色で塗ってしまいます。しかし、「夜の壁は白? 夜の建物は茶色?」と問うと、青みがかった黒や紫がかった黒など、「夜の色」が重ねられていきます。透明水彩絵具の特徴を活かしながら、夜の暗さと少年の悲しみを重ねて、細かくていねいに情感あふれる夜の絵を描いていきます。(吉野先生)
7年3学期「マンダラ風の模様」 -回転対称からなる模様-
「マンダラ風の模様」では、自分でテーマを決め、極細ペンを使って幾何学的な構成の模様を描いていきます。絵が苦手な生徒でも、回転対称や線対称を使ったり、「1個描いて1個飛ばす」というような法則を作りながら自分のテーマを描いていくことができるので、やり始めるとのめり込む生徒が多い課題です。白と黒の単色で描きながらも線や点の密度によりいろいろなグレーの階調が作れることや、細密描写によって美しい模様を表現できることを学びます。(吉野先生)
8年1学期「My Jeans」 -ジーンズを描く-
8年の1学期は、7年の1学期の“見ること”と“表すこと”の上級編に挑戦します。独自の質感や色があるジーンズを描きたい形にセットして、置かれている空間ごと描いていきます。青いジーンズですが、「青だけで描けるのか?」と問いかけることでその明暗を意識したり、下に別色の透明水彩絵具を塗って色の深みを出したり、わざとかすれた筆でゴワゴワした感じを表したりと、立体感や質感を出すための工夫をしながら描きます。(吉野先生)
8年2学期「窓」-窓から見た風景-
窓から見た風景を描く課題です。条件は、室内と室外の風景があり、自分を必ず入れること。窓の外の風景と自分の気持ちを重ねたり、対比させたりしながら絵にしていくので、生徒の内面が出てくることが面白いですね。奥行や遠近を表現する必要があり、難しくとらえる生徒もいますが、先輩の作品や絵本などを見せるとイメージが湧くようです。場面設定や自分のポーズ、小物にまでこだわって自分の気持ちをどう表現するかの演出力を養ってほしいと思っています。(吉野先生)
8年3学期「ボックスアート」
8年の3学期は、テーマをもとに立体コラージュを作ります。テーマを自分なりに考察し、解釈して、手を動かして楽しく作れるという意味で、人気のある課題です。様々な素材を用いて、質感や性質の違いを楽しみ工夫しながら、物語性やメッセージ性のある作品を作ります。(吉野先生)
9年1学期「模写」
模写は、絵画作品の原画を観察しながら透明水彩絵具で再現していきます。絵具の復習や苦手克服の意味と、このあとの卒業制作に向けて、原画家の視点や制作工夫を学び、主役をどう見せているのかといった表現技法なども知ることで、自身の表現力を磨いてほしいと思っています。完成した作品を展示すると、ちょっとした美術館になります。(吉野先生)
9年2・3学期「都市を描く」-卒業制作-
9年の2・3学期は卒業制作として、私たちが暮らす都市をテーマに描きます。自分の目で見て感じたことをあるがままに描いてほしいと話し、ただ写真などの資料を見てそのままに描くのではなく、街をしっかりと観察して、構成、視点や時間、季節、何を主役にするのか、筆のタッチをどうするのかなど、今までやってきた知識や技を総合して積極的に描いていきます。(吉野先生)
吉野 明日香先生 美術科
見ていたつもりだけれど
見えていなかったことに気づかせたい
生徒作品を見せていただき、中学生の表現の幅広さや奥深さに驚きました。
美術科の指導において大切にされていることを教えてください。
明星学園の「自主自立」の精神につながりますね。
「1本のビン」の授業風景。輪ゴムをはめた透明の筒を使用して、だ円の“見え方”の変化を観察して、視点を固定する重要性を知る。理解してからビンを描くことが大切。
枠の中で自由に表現させるという考えも明星学園らしいです。
美術の授業では「見て描く」「イメージを絵にする」「模様・デザイン」の課題を繰り返していくとのことですが、「見て描く」だけでもかなり難しいですね。
熱心に語ってくれた吉野先生。
自分らしさを表現していい明星の環境
素直な絵を描く生徒たち
明星学園で指導されて、先生自身が発見されたことはありますか。
自分を表現する美術科では、特に生徒の成長が感じられるのでは?
原画を見ながら再現する模写の授業風景。原画作者の表現工夫や技を知り、自分に還元していく。
明星学園には、素直な絵が描ける環境があるのでしょうか。
美術は「思い通り描けない」「自分の気持ちをうまく形にできない」といった悩みや、完成までの継続力も求められる科目ですが、その点でのご指導は?
教室に張り出された制作途中の絵。離れて見たり、友達の絵と見比べたりして、刺激を受けて自分の絵に反映していくことは、集団での美術授業の大きな効果。
今後、吉野先生がご指導で大切にされたいことは?