明星学園では近年、陸上競技部の活躍が注目されています。特に数年前までは数えられるほどしかいなかった中学生部員が急増。顧問の先生たちの個性を活かす指導のもと、走る魅力に目覚め、それぞれが自分の目標に向かって日々練習に励んでいます。明星学園陸上競技部の成長の理由とその魅力を探りました。
部員数

中学18名[7年:5名 8年:7名 9年:6名]
高校53名[10年:17名 11年:16名 12年:20名]

練習日

中学:週4回[火・水・金・土曜]
高校:週5回[火・水・金・土・日曜]

近年出場の大会(中学生)

ジュニアオリンピック全国大会100m 出場(2019年)
三鷹駅伝 男子3位入賞/女子3位入賞(2019年)
全日本中学校通信陸上競技大会東京都大会 共通男子800m 3位入賞(2020年)

〉 明星学園 陸上競技部HP
STUDENTS INTERVIEW
走るのは、実は一番難しい。
そこに魅力があり、そこがすごくおもしろい
神戸くん(10年生)
速い人のマネをすれば速くなるわけではない。自分に合う、合わないもある。
“自分で考えて行動することが大事だ”と感じます
石井くん(9年生)中学男子部長
自分らしく陸上をやれて、
周りと違うことや失敗が怖くなくなりました
荒井さん(9年生) 中学女子部長
*取材時は、感染症予防のためマスクを着用して取材しています。
一人ひとりが目標を持って陸上に向かう
やらされている感がないのがすごくいい
中学の陸上競技部は、数年前まで部員が少なかったと聞きました。
入部当時の印象を教えて下さい。
入部当時は中高合同練習だったので先輩はいましたが、7年生(中1)は僕を入れて2人でした。僕は陸上はやったことがなかったのですが、もともと足が速かったので入部しました。当時は比留間先生だけで、福元先生は僕が8年(中2)からの顧問です。そこで石井くんたち1つ下の代の子が、たくさん入ってきてくれました。
私は明星に中2から転入してきました。仲良くなった子と陸上競技部の体験に行ってみたら楽しかったので入部しました。一緒に入部した人が結構いたので、人数が少ない印象はなかったです。
僕は小学生の頃からクラブで陸上をやっていて、中学や高校が強い部だと知っていたので、上がったら入ろうと決めていました。当時は高校生と練習が一緒だったので、部員が少ないことより「練習をやっていけるかな」と思いました。でも、入部したらすごく楽しかったんです。先輩たちにドリル(走りの基本を身につけるためのトレーニング)などを教えてもらって、技術的にも上達していきました。
明星学園陸上部の良さはどういうところだと思いますか。
明星には個性尊重や自主自立の精神があるからかもしれませんが、一人ひとりが明確な目標を持って陸上に向かっていて、嫌々やっている感ややらされている感がないのがすごくいいなと思います。自分の目標を持って練習メニューをやるし、わからないことがあったら周りに聞く。それは当たり前のことかもしれませんが、他校の子に話を聞くと結構難しいようで…。でも、そういう普通が目に見えるクラブです。だからお互いに切磋琢磨もできます。
先輩も後輩も先生も、距離感が近いです。わからないことがあったらすぐ聞けるし、教え合えるし、「今日はきついからメニューを変えさせてください」とか、「今日はこういう練習がしたいです」と自分の意見も言いやすいです。
私、中1の時は別の私立校で別の部活をやっていたんです。その時は部員が100人以上いて、一番下の学年だから放っとかれているという感じでした。でも明星はちょうどいい人数で、上下関係の厳しさや先生との距離がなくて、部活だけの関係ではなく、校内でもプライベートでも仲が良い。だからこそ部活もやりやすいです。
メリハリある「陸上部」という組織
頑張ろうという気持ちになれる
そんな陸上競技部に福元先生がやってきたことが、一つの刺激になったと聞いています。 中学陸上部はどのように変わったのでしょうか。
福元先生は大学でも陸上をされていて、明星とは違う外の陸上を知っている人だったからこそ、メリハリをつけた「陸上部」という組織を作ってくれたと感じています。「明星の陸上部はこういうところがダメだよね」と第三者的な意見をはっきりと言える人だったので、それを改善していったことが今に活きているなと思います。
福元先生は「しっかりやるところはやる」とメリハリをつけることを大切にする先生だったので、休憩時間はみんな楽しく仲良くやっていても、練習で走るとなったら切り替えて本気を出すようになりました。
福元先生は、最初はやる気がなかった子や足が遅い子に対しても、足が速い子ややる気がある子と同じように接して、メニューも一人ひとりに組んでくれます。練習もみんなと一緒にやってくれて、だからみんなも「頑張ろう」という気持ちになるのだと思います。
それぞれが目標を持って前向きになって頑張れるんですね。
その中で個人的に努力してきたことはありますか。
明星は公立校とテストの期間がずれていて、なぜかその期間が大体主要な大会と被っているんです。だからテスト前も練習をして、部活後にちゃんと勉強するとか、今日は休みを取るとか、そういったメリハリをつけることが必要です。中学の時はそこがうまくできなくて苦労しました。でも、裏を返せばそれが一番の学びになったと思います。大学や社会に出ても、自分の考えている時間と周りの時間がマッチすることは絶対にない中で、メリハリをつけてやれる力は育ったと思います。
陸上競技部は、一人ひとりが目指すところが違うので、集団として練習をやっていくのが大変なんです。都大会に向けてやっている人、マラソン大会に勝ちたいからやっている人など、練習に向けた気持ちややる気の度合いがそれぞれ違うので、みんなで何かをやろうとなった時に摩擦が起こる。そこは苦労しています。 あと、僕はもともと短距離を走っていましたが、福元先生にアドバイスをもらって長距離になりました。「同じ陸上だからどっちも速いんだよね」と言われがちなんですが、使う筋肉や体力が全然違うし、同じ陸上部だけど別競技のような感じなので、その練習メニューの違いに慣れるまでは大変でした。
私も最初、「長く走れない」と思って短距離を走っていたのですが、福元先生に「やってみないか」と言われて、去年の夏休みくらいの大会に長距離で出たことをきっかけに、そこからずっと長距離で頑張っています。
走ることで陸上としての進化
そして人間としての変化が大きい
先ほど練習を見せてもらって、あんなに無心になって走れるのはすごいなと思いました。 どうして走るんだと思いますか。
どうして走るのか…深いですね(笑)。僕も野球の投げる動作やサッカーボールを蹴るのは非日常だけど、走るのは一番日常的で簡単な動きだと思っていたんです。でも、実は一番難しいんですよね。例えば腕の振り方や捉え方ひとつで全部変わってしまう。そこに魅力があり、そこがすごくおもしろいなと思って僕はハマりました。中学での卒業研究も自分なりに調べてみて、やっぱり走ることは楽しいなと思ったし、前はがむしゃらに走るだけだったけど、今は考えながら走って、それをちゃんとまとめて悪かったところを次につなげる作業をするようになりました。走ることで陸上としての進化はもちろんありますが、人間としての変化も大きいなと思っています。
僕は今、単純に走ることが楽しくて好きです。キツイと思うこともあるのですが、キツイからこそここで終えたら自分に負ける気がして、それは嫌だと思って頑張れる。そういう何か特別な感覚が走ることにはあります。 それに小学生のときは誰かが言う通りに走れば何とかなると思っていたけど、中学生になってからは「自分で考えて行動することが大事だ」と感じます。速い人のマネをすれば速くなるわけでもないし、自分に合う、合わないもある。たくさんの意見を聞いて自分なりに判断していくことが大事なんだと思えるようになりました。
私は今まで、目立つことが本当に好きではなくて、大会とか発表会とかを全部避けてきたんです。陸上を始めた時も大会に出るのが嫌だったけれど、出るか出ないかも自分で決められるし、「絶対に出なさい」という強制がなかったから、頑張って自分から出てみようという気持ちになれました。今は、頑張って出続けて、一つひとつの大会でゴールするということを目標にして走っています。最初は目的なく始めましたが、やっているうちに自分なりの目標が見つけられて、それに向けてやっていたら自然と長続きするのかなと思っています。走ることが今は楽しいです。
陸上競技部での活動、陸上を通して、一人の人間としての成長があるんですね。
そうですね。僕は前まで、「1足す1は2です」と言われたら「わかりました」となっていたんですけど、陸上には正解がないので、勉強でも「1足す1は2です」と言われたら「なぜ?」と考えるようになりました。それはやっぱり明星という学校の教え方も大きいかなと思っています。
僕も自分で考えることが一番大事だと思う理由は、例えばレースで走っているときは、瞬間、瞬間で考えないといけない。先生たちはサポートしてくれるけど最後に考えるのは自分です。どんなときもその時その時で考える。そして自分が「こうした方がいいんじゃないか」と考え、「こうする」と言える。その大切さは、陸上競技部や明星での学校生活を通して学んだのかなと思います。
私は今まで集団の中で調和を保ち、いかに目立たないようにできるかを考えてきました。だけど陸上競技部に入ってからは、やっていることは同じ陸上だけど、一人ひとり目的とかやり方とか過程が違うから、自分のやり方で自分の目標に向かっても、浮いたり、目をつけられたりすることがないんです。部活としても、学校としても、個性や自分らしさを大事にしてくれるので、自分らしくやっていくことができて、今は周りと違うことをすることや失敗することが怖くなくなりました。そこは成長したかなと思います。
TEACHERS INTERVIEW
PROFILE
福元 翔輝先生(理科)

陸上競技部顧問として3年目。主に中学陸上競技部、中距離・長距離を担当。自身は、中学から長距離を続けていて、今もマラソンを走る。

比留間 修吾先生(保健体育科)

陸上競技部顧問として6年目。主に高校陸上競技部、短距離・跳躍を担当。中学から走り高跳びを始め30歳まで現役選手として活躍、その後は指導者に。

競技や実績を押し付けるのではなく
人間的に成長してほしい
この数年で一気に部員が増え、活躍に注目が集まる陸上競技部ですが、その経緯を教えて下さい。
5年前は高校の全学年合わせて10名に満たないくらいで中高一緒に練習していましたが、少しずつ力を入れて選手勧誘もした結果、ここ3~4年で一気に倍増しました。
僕が顧問になった3年前は、中学部員は3名しかいませんでしたね。
部員が増えるだけでなく大会などでの結果も出ていますが、部として大きな目標を掲げたからこその成長ですか。
中学の場合、競技力や実績についての目標は特に持たせていないんです。陸上競技部といってもいろいろな子がいますから、それぞれの理由に合わせて、競技や実績を押し付けるのではなく、人間的に成長してほしいと思っています。顧問になった当初から、陸上をやるというより、楽しむことを大事にしてきました。 ただ、顧問になって1年目の夏過ぎまでは好きなように練習させていたのですが、生徒の中に「真剣に競技に向き合いたい」という子が出てきたので、メニューを立てて僕が引っ張っていく形になっていきました。大会で結果を残せるようになったのは、昨年ぐらいからですね。
先生が強制的に練習を課すことで伸びたわけではなく、陸上を真剣にやりたいという気持ちが生徒から出てきた結果ですか。
大会に出してみたら負けを知り悔しかったようで、自主練のようなことをやり始めたんです。僕も経験者なので、彼らの真剣な様子に何かやってあげたいと思いました。競技力や実績の目標は部としては持たせていませんが、それぞれが個人で目標を持っているんだと思います。練習も基本的には生徒たちがまとめてやってくれています。中学の練習は絶対に90分以内と決めていて、その時間に集中する。そこだけは僕から与えてやっているところです。
部員と一緒に全力疾走の福元先生
高校は外部から陸上推薦で入ってくる子も多くなったので、部としてはインターハイや上位大会を目指すところもありますが、一般の子もいるので基本的には中学と同じように各自の目標を持ってそれを達成していくことで部が盛り上がり、全体の底上げができればいいなと思っています。
陸上の競技力以外のところが大切
私も頑張ろうという力を与えられる人に
具体的には、どのようなことを大切にしながら指導されているのですか。
僕は、中学のうちは競技に関して厳しくするのはやめようと考えています。子どもたちに楽しく走らせたいので、「なんで、ここを走れないんだ」とか「なんで、ここを粘れないんだ」というようなことは言いたくない。もちろん練習の中では「頑張れ」と檄を入れますが、試合の時は基本褒めたいのです。 厳しくしているところは、陸上の競技力以外。どんなに速くても、陸上競技以外をちゃんとやっていないと応援される選手にも応援されるチームにもならないと思うんです。恥ずかしいから生徒たちにはあまり話していませんが(笑)、そういう思いを持って厳しくするところはしていますね。
僕も、試合では「いいじゃない。こうしたらもっとよくなるよ」という肯定的なアドバイスしかしませんが、授業では「提出物を出せ」とか「期限を守れ」と厳しく言います。やはり私生活でちゃんとしていないと「○○は足が速いだけだよね」となってしまうし、「陸上競技部の○○」となってしまって、陸上競技部のイメージも悪くなりますから、学校を代表する選手としての自覚を持ってほしいと思っています。「陸上競技部はやっぱりすごいね」と応援してもらった方が、生徒も気持ちよく競技ができると思いますから、そこは注意してやっていますね。
応援される選手、応援されるチームになれるかが明星陸上競技部の大きな目標なんですね。すごく良い言葉ですが、福元先生が考えられたのですか。
これは…恥ずかしいのですが、僕が中学生のときに父親から「応援される選手になりなさい」と言われて、ものすごく心に刺さったんです。だから生徒たちにも伝わってほしいなという思いがあります。それに、比留間先生もおっしゃったように、「走るのが早いだけ」というのは、あまり気持ちがよくない。他のこともちゃんとやって、競技として結果も残したとしたら、周りの人から素直に喜んでもらえる選手になると思います。
僕自身が競技をやり続けてきた中で、競技ができても人として基本的なことができていなければ失格だと言われてきたので、生徒たちにもそこはしっかりやってほしいし、なおかつちゃんとやっていれば「これだけ頑張っている人を応援したい。私も頑張ろう」という力を与えられる人になっていくと思っています。
短距離のスタートフォームを指導する比留間先生
自分で好きを突き詰めていく
その楽しさを教えたい
部活指導にはいろいろな方針や思いがあると思いますが、ご自身が競技をされていたからこその指導や考えも大きいのですか。
僕が部活をやっていた時は真逆でかなり厳しかったんです。自律神経がおかしくなってしまうくらいプレッシャーを感じて、高校では競技力は伸ばせたのですが、勝ちを意識し過ぎて本来の走る楽しさを失ってしまいました。それもあって顧問になったら、まずは楽しませたいと思ったんです。そして僕自身も顧問として指導していくうちにまた走ることが楽しくなってきて、今は高校のときより速く走れるくらいです(笑)。
僕は高校での指導者に恵まれ、先輩にもレベルの高い人がたくさんいました。比較されてしんどいこともありましたが、その中でも好きなことだから頑張って勝ちたかったし、好きだから30歳まで続けられた部分も大きい。それを生徒たちにしっかりと伝えていけたらなと思っています。自分で好きを突き詰めていく部分も楽しいんだということも教えたいですね。
では、お二人が思う明星学園の陸上部の良さは?
中学は、僕や比留間先生はあくまで土台を作るだけであって、生徒たちが主体でやっているところが良さだと思います。僕らは彼らの挑戦をサポートするだけです。これから中学の部員たちがどんどん高校に上がった時に、どういう化学反応を起こすんだろうという楽しみはすごく持っています。
生徒たちが言っているように、自分たちで考えてできるという部分が一番大きいと思います。指導者はいるけど生徒自身がしっかりと考えて「こうなりたい」という明確な目的があるぶん、取り組み方や熱量がかなり高いんです。それはいいことだと思います。 貪欲に「もっともっと」となれるきっかけがいっぱいある環境だと思うので、そういう部分を見つけて、記録は出なくても、ここで学んだことを次につなげてくれれば一番嬉しいですね。