浴衣が繋ぐ女子部3年間の学びについて、3人の先生にうかがいました。
浴衣製作
何かをやり遂げる経験が、人としての土台を育てていく
女子部で浴衣製作<*1>を続けている理由は、「国学院久我山の家庭科は、これがあってこそ」と言える大切な学びだからです。今の時代、一つのものを、時間をかけて根気よく作り上げる経験は決して多くありません。だからこそ、自分の手で1から縫い進め、最後まで完成させる体験には大きな意味があると感じています。「これは自分の力で作り上げた」という確かな手応えと共に完成させた浴衣は、高校生活の思い出であると同時に、生徒たちにとって一生の宝物になるはずです。こうした「時間をかけて何かをやり遂げる経験」が、人として成長する大切な土台になると考えています。
着付けから畳みまでの生きた実践が、国際交流につながる
久我山の浴衣製作は、浴衣の完成をもって終わるものではありません。着付けをし、学びの場で活用し、着る必要がなくなったらきちんと畳んで仕舞う。このような実践的な取り組みの中でこそ意味を持つのです。今は浴衣を着る機会も少なく、自分で畳める生徒も多くありません。だからこそ、自分で作った浴衣を美しく着こなし、大切に扱う経験を積んでほしいと思っています。
このような体験が、日本文化への理解や、その発信につながってくれればと思っています。もちろん、日本文化を理解することは簡単ではありません。学べば学ぶほど、その奥深さを感じます。それでも、本校の生徒たちには相手に伝えようとすることをためらわない、たくましさがあると思います。ニュージーランドを訪れる修学旅行では、浴衣を持参するよう教員から指示することはありません。しかし、生徒が自ら浴衣を持って渡航し、自分が手縫いしたエピソードと共に日本の文化を伝えることは多くあります。留学生との交流など、本校で培った経験が土台となって、このような文化発信が行われているのでしょう。
國學院大學から受け継いだ日本と世界へのまなざし
学習指導要領でも、日本の伝統や文化への理解を深める教育は重視され、武道や和楽器なども教育活動に取り入れられています。世界とつながる時代だからこそ、自国の文化を理解し、発信できる力が求められているのです。
本校女子部では以前から、日本文化を教育の柱の一つとして大切にしてきました。その背景には、國學院大學の系列校としての自覚があります。國學院大學は、日本の伝統文化の探求と、世界への発信を使命としている大学です。その系列校としての歴史は、本校の先人が築いてくださった「特別講座」<*2>として結実しています。中学1年次には、文化の根本である「ことば」、中学2年次は小原流「華道」、中学3年次には裏千家「茶道」を学びます。これらのカリキュラムは「本物に触れる」ことが重視されていて、実習形式の授業が行われています。高校においても、1年次の金春流「能楽」、2年次の辰巳流「日本舞踊」と、日本文化に対する探究は続きます。
特に浴衣との関係性が深いのが「日本舞踊」です。辰巳流日本舞踊の師範をお招きし、男踊り、女踊りなど、伝統的な舞を体験します。日舞においては袖の動きが大きな意味を持つため、舞の実習は浴衣を着ての実践となります。高校1年で製作した浴衣が、高校2年で日本の伝統文化を学ぶ一助となるのです。そこで学ぶのは外見的な所作だけではありません。日本舞踊の背景や精神性まで学んで初めて、「学び」が成り立ちます。特別講座を通して目に見えないものに対するまなざしを育む。それが久我山女子部らしさにつながっているのだと思います。
日本舞踊
浴衣を着て高校体育祭で 「久我山音頭」を披露
体験を振り返ることが成長につながる
私たちが特に大切にしているのは、体験したことを必ずふり返ることです。例えば、華道実習で講師の先生から「日本人と花との関わり」についてお話をうかがいます。華道の歴史や精神を知った上でお花を生けるだけでも、得られる学びはあるでしょうが。しかし、そこで終わらないのが本校女子部の「特別講座」です。実習後には、必ず自分の言葉で感想を書くのです。表面的な体験で終わらせず、「何を感じたのか」「何を学んだのか」を考える時間を持つことが大切だからです。
一時期はGoogleフォームでふり返りを書いてもらったこともありましたが、手書きで書く文章とは違いました。手書きの方が、自分の考えを整理しながら、より深く向き合えているように感じますし、語彙も増え、一人ひとりの思いが伝わってきます。生徒には「特別講座」用のノートを持っており、プリントを整理したり、感想を書いたりするのに利用にしています。その年の学びを振り返るよすがになり、自分の文章が上達していることや内面が深まってきたことを振り返ることができるものになっています。
華道実習
中高時代は、未来へつながる「種まき」の時間
こうした経験が、いつ花開くのかはわかりませんが、中学・高校時代は「種をまく時期」だと思っています。今は、その価値に気づかなくても構いません。大学へ進学した時、海外へ出た時、あるいは社会に出たときに、「もっと日本のことを知りたい」と感じる瞬間がきっと訪れます。その時、本校で学んできたことが土台になればと思うのです。
女子部で大切にしたいのは、人としてどう生きるか。自分のことだけではなく周りの人のことも考えられるか。そのように問い続けることが未来につながっていきます。
浴衣製作も、手書きのふり返りも、時間をかけて取り組むさまざまな活動も、そのために続けてきました。本校女子部が長年大切にしてきた教育には、一つひとつ意味があります。その意味を見失わず、これからも本当に必要なものを大切に守りながら、生徒たちの成長を支えていきたいと思っています。
一針一針、自分だけの一枚を縫い上げる
高校1年の家庭科では、約1年かけて浴衣を製作します。ゴールデンウィーク頃から呉服店や手芸用品店へ足を運んで自分で反物を探し、気に入った柄を選ぶところから浴衣づくりが始まります。授業では、自身の体に合わせて採寸し、一人ひとりに合った浴衣を仕立てていきます。最近はミシンで仕立てる学校もありますが、本校では手縫いにこだわっています。一針一針、自分の手で縫うからこそ、着心地も違いますし、完成した時の喜びも格別で、「これは自分が作った浴衣だ」と胸を張って言える一枚になります。生徒たちにはそんな貴重な体験をしてほしいと思っています。
時間をかけるからこそ、完成した時の喜びも大きい
製作は6月頃から始まり、完成までには約1年。自宅へ持ち帰ることはできず、学校での授業時間に縫い進めることを基本としているため、高校1の終わり頃に完成する生徒もいれば、2年生までかかる生徒もいます。手作業で行うため、時には小さな失敗も生まれます。大切なのは、その場で気づき、自分で修正を重ねていくこと。途中で縫う場所を間違えて泣きながらほどく生徒もいますが、仲間と励まし合いながら最後まで縫い上げていきます。一針一針と向き合いながら、試行錯誤を繰り返すその経験が、彼女たちの大きな自信へと変わっていくのです。
浴衣製作は個人で取り組む作業ではありますが、教室では「みんなで同じ浴衣を作っている」という一体感を感じます。「ここまでできたよ」「大丈夫、一緒に頑張ろう」と励まし合う姿もよく見られます。完成した時の達成感は、生徒たちにとってやはり特別なようです。
浴衣は縫って終わりではありません。学校以外でも自分の縫った浴衣を着られることはひとつの楽しみでしょう。また、高校女子部の3年間には、浴衣が活躍する場面がたくさんあります。様々な場面で着た浴衣は卒業後も長く手元に残り、高校生活の思い出となります。だからこそ、生徒たちには「自分だけの一枚」を大切に作り上げてほしいと思いながら、毎年の製作を見守っています。
生徒たちが感じた
浴衣製作を通して感じた学び
-
苦労した分だけものづくりの奥深さを知る良い機会となりました。また、最後までやり遂げたことで、自分への強い自信にもつながりました。この貴重な経験をこれからの生活や、何らかに挑戦する際に生かしていきたいと思いました。
-
浴衣を1年間かけて作成して、自分のことについて深く知ることができました。思っていたよりも細かい作業が苦手で、人の話を理解することが困難であることを知りました。最終的には完成したことがなによりも嬉しく、達成感を感じています。
-
ちゃんと浴衣を着ると、気持ちがぴしっと整う感じがして、歩くときも無駄のない動きになり。きれいで丁寧な動作を自然と気にかけるようになりました。昔の女性たちが着物を着ていた理由がなんとなくわかった気がします。所作が綺麗になり、見栄えも良くなる、浴衣にこのような特徴があったことを学べて良かったです。
-
先が見えぬ作業の辛さはとても大きいけれど、すべてが出来上がったときの達成感はそれよりとてつもなく大きいです。この感情は完成させた人にしか味わえない最高のものなのです。それに加えて裁縫という作業は、その時の自分の感情を抑えてくれると思います。だから浴衣を作るのは辛いことではなく、むしろ楽しく価値のあるものだと思います。
「特別講座」に見る成長
私は「特別講座」の授業に取り組む生徒たちを、担任として何年も見守ってきました。中学1年では「はなしことば」を学びます。小学校を卒業し、久我山で新たな人間関係を築く中で、まさに「ことば」によって傷つけ、傷つけられることも少なくありません。「ことば」の美しさ、時には恐ろしさとも向き合う生徒の様子は真剣そのものでした。振り返りノートは文字も文章も素朴で、それでも一生懸命書いたことが伝わってきました。
同じ振り返りノートでも、高校2年で日本舞踊を学ぶ頃になると全く違うものになります。字も文章も洗練され、大人の女性とほとんど変わらないものを書くようになるのです。中学1年次に「すごいと思いました。」と書いていた生徒が、「貴重な機会となりました。」と書いているのを見たとき、しみじみと成長を感じます。内容面も大きな変化を見せます。かつては、出来事を時系列に並べ、講師の方がおっしゃったことや自分がやったことを書くだけでした。しかし、1年また1年と成長してゆく中で、他の伝統芸能と比べて共通した精神性を見出すなど、目に見えないものに対するまなざしを獲得していきます。この振り返りノートは毎回提出させ、担任が一冊一冊に目を通し、コメントを付して返却します。担任にとっても楽なことではありませんが、生徒の成長に一番近くで触れるという、得がたい喜びを感じることができます。
浴衣を持って、世界とつながる
久我山女子部の修学旅行には国内コース(日本文化探究コース)と国外コース(日本文化発信コース)があり、どちらかを選択して参加します。国外コースではニュージーランドを訪れ、夜は学生寮やホストファミリーのもとで過ごし、日中は現地校で授業を受けたり文化交流を行ったりします。生徒たちは6つの現地校に分かれますが、それぞれの学校で行われる文化交流には共通したテーマを設定して臨みました。テーマは「日本の昔遊び」。各校の歓迎パーティーやお別れパーティーで、けん玉やお手玉を披露したり、現地の生徒相手に折り鶴や習字の体験をしてもらったりと、日本の文化を紹介しました。その中でひときわ華やかに目を引いたのが浴衣の存在です。日本の伝統的な衣服であることを説明し、自分が手縫いしたことを伝えると、相手は驚きと共に興味津々な表情になります。高校1年次に製作し、高校2年次に日本舞踊で着用した浴衣は、高校3年次の修学旅行で日本と世界をつないでくれました。
修学旅行
卒業後に残るもの
私が担任した生徒が卒業後に就職報告に来てくれたことがあります。念願叶って客室乗務員(CA)になったとのこと。そして彼女が採用試験を受けた際、面接官が最も驚き興味を示したのが久我山での「特別講座」の経験だったと言います。6年間のカリキュラムを説明したところ、面接官から「お茶やお花をやったことがあるというのは聞いたことがあるけど、能楽も日本舞踊も全部やったことがあるというのはすごいね」と言われたそうです。当時は当たり前だと思っていた体験や学びが、一歩外に出たとき「自分だけの強み」であり、「胸を張って誇れる誇り」だと彼女は深く実感したそうです。
久我山で蓄積された日本文化の学びは、生徒の将来において思いがけない形で花開くかもしれません。その可能性の種をもって、世界に羽ばたいていってほしいと思っています。



















