明星学園中学校では、9年生(中学3年生)の修学旅行で沖縄を訪れます。そこで大切にしているのが、「本物と出会う」こと。その一つが、伊平屋島(いへやじま)で行っている民泊です。2004年に伊江島(いえじま)と東村(ひがしそん)の2ヵ所に分かれてスタートして以来、長年にわたって続いています。
なぜ、明星学園では民泊を修学旅行に取り入れているのか。そこで生徒たちは何を感じ、何を得るのか。修学旅行に携わる先生方に、民泊に込めた思いと、そこで生まれる出会いや学びについて伺いました。
副校長 石井三絵先生
工芸科 河野尚子先生


まずは、修学旅行の目的から教えてください。
- 石井先生
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明星学園の修学旅行で大切にしているのは、「沖縄に行くこと」そのものではなく、「本物と出会う」ことです。人や文化、自然における本物と出会わせたい。それが学校として大切にしていることです。
以前は行き先が毎年のように変わっていたのですが、2004年から沖縄が修学旅行先として定着し、伊江島(いえじま)と東村(ひがしそん)の2ヵ所に分かれて民泊も始まりました。
なぜ民泊を取り入れようと考えられたのですか。
- 石井先生
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私たちが考えたのは、子どもたちに、自分の家ではないお宅に泊まり、そこでお世話になりながら生活をする、そのものを経験してほしいということでした。家や学校は子どもたちにとっての日常で、沖縄は非日常です。その非日常の場所で、誰かの家に泊まり、食事を一緒にして、そこでの生活を丸ごと体験する。少し居づらい思いをすることもあるかもしれませんが、そうした経験も含めて、多くのものを得られるはずです。子どもにとって大変なことを大人が避けてしまうのではなく、「まずは体験しよう」。その姿勢が明星学園だと思っています。
- 河野先生
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私自身、民泊を始めるときに実際に民泊を経験しました。大人になると、初対面の人の家に泊まり、寝食をともにする機会はなかなかありません。けれど、短期間でも一緒に生活をして、いろいろな話をすると、そこで出会った「人」が自分の中に残ります。
私もそれまでに沖縄の歴史などを学んできましたが、日常の中で沖縄について思いを巡らせることは、正直なところあまりありませんでした。ニュースで沖縄の出来事を知っても、そのまま流れてしまうこともあったと思います。ただ、民泊を体験して、実際に一緒に生活した人が沖縄にいると、「あの人がいる沖縄で、こんなことが起こったんだ」と捉えられるようになりました。恥ずかしながら、私自身もその経験を通して、民泊の素晴らしさを知ったんです。だからこそ、「本物と出会う」ためには、その場所の「人」と出会うことが大切なのだと思いました。
生活を共にするからこそ、見えてくるものや心に残るものがあるわけですね。
- 石井先生
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そうですね。例えば伊江島で民泊をしていた頃は、米軍基地で働いているご家庭にお世話になることもありました。沖縄に行く前は、基地に対して「反対」と思っていた生徒たちが、実際に基地で働いている人の家に泊まり、その家庭の生活を知ったことで、「単に反対だけとは言えないな」と考え方が変わることもあります。そういうリアルな部分を、逆に私たちが子どもたちから教わることもありました。
琉球の文化や食文化にも、民泊先のご家庭と食事をつくり、一緒に生活する中で、自然に触れていきます。東京での忙しい日常とは違う沖縄の時間を過ごすことで得るものは、何ものにも代えられないものとして多くの生徒たちの中に残ります。
だから、明星学園の修学旅行は、平和学習や文化体験だけを目的に沖縄へ行くわけではありません。その土地で人と出会い、生活をする。その中で何を感じるかは、一人ひとりに委ねています。最初は1泊だった民泊も、今では2泊になりました。できるだけ長く民家の方と一緒に過ごし、各家庭から得るものを大切にしたいという考えは、ずっと変わりません。


生徒が修学旅行で何を学び取るかは自由ということですか。
- 石井先生
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そうですね。この修学旅行では、考える視点や、考えるきっかけをもらうことが大切なのです。本物に触れて何かに気づいてもいいし、「海が気持ちよかった」「自然がきれいだった」と思うだけでもいいんです。同じものを見ても、みんなが同じ答えを出すわけではありませんから、それぞれが感じたことを大切にしてもらいたいですね。
そのときに言葉にならなくても、実際にその場所に行って感じたことが、何年か経ってから出てくることもあるでしょうし、何かを考える入り口になるかもしれません。修学旅行で何かを完結させなくてもいいと思っています。
- 河野先生
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私も、修学旅行で全員が「心に残る感動的な何か。大きなお土産話を持って帰ってきてほしい」とは思っていません。紙の上で知っていたこと、聞いていただけのことを、実際に行って自分の目で見て感じて、人と会って話して、生活してみる。そういう経験をすること自体に、意味があると感じます。
そして、この経験によって沖縄が好きになって、また行きたいと思う子もいれば、「自分は初めての人と関わるのは苦手なんだ」と気づいたり、「自分の考えとは違うから合わないな」と感じたりする子がでてきてもいいと思います。大切なのは、そこでそれぞれが感じたことを踏まえて、「じゃあ、自分は次にどうする?」と考えることです。


- 河野先生
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ありますね。学校ではどうしても授業を通した話が中心になりますが、修学旅行では、自由時間に恋愛の話をする先生もいれば、自分の好きな趣味の話をする先生もいます。もちろん教員と生徒ではあるのですが、一人の人として話している時間が生まれます。
- 石井先生
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学校では、先生が楽しんでいる姿をなかなか見せられませんが、子どもは大人の姿を見て真似することもあります。先生たちが沖縄という土地を心から楽しんでいる姿から、子どもたちも何かを感じてくれると嬉しいです。
- 河野先生
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私自身、毎年のように沖縄に行っていますが、あの暑さの中にいると、自分自身も解放されます。特に伊平屋島の皆さんは、子どもたちが悪さをしたり、足りないところがあったりすれば、きちんと叱ってもくれて、対等に付き合ってくださるんです。そんな人たちに会いに行けることは、子どもたちたちにとっても先生にとっても、大きな楽しみになっています。
- 河野先生
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民泊先では沖縄のことを教えてもらうだけでなく、自分の生活や東京でのことも話すこともあるでしょう。何かを教えてもらうだけではなく、自分自身のことも相手に伝える。そのやり取りも大きな経験です。もちろん、初めて他人の家に泊まることに不安を感じる生徒もいます。最初は恥ずかしくて、話せない子もいます。でも、最後にフェリー乗り場に集まったときの子どもたちの表情を見ると、とても穏やかになっているんです。民泊先のみなさんさんと良い時間を過ごせたからこそ、別れが悲しくなってしまう生徒も多いです。
- 石井先生
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船でのお別れでは、船から紙テープを投げ、「行ってらっしゃい」と見送られます。「こういう別れ方ってあるんだ」とすごく感動しました。15歳という年齢で人の温かさをこれほど感じる経験ができることには、大きな意味があると思っています。
帰ってきてからの作文や提出した課題にも、生徒一人ひとりが感じたことが、それぞれの言葉で切り取られています。生徒たちが何を感じたのかは、私たちにとっても、学校にとっても財産です。そして、その経験を持って、また次のステージに進んでいく。そういう意味でも、沖縄での豊かな経験はかなり大きなものだと思っています。


民泊のどのようなところに良さを感じましたか。
- 木暮先生
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明星学園では、8年生(中学2年生)で栃木県・大田原でも民泊を行っています。大田原の民泊で感じたのは、その土地だからこそできる経験があるということです。普段の生活ではできない経験をさせてもらい、その出会いを忘れられず、春休みにもう一度会いに行った生徒もいました。
今回の伊平屋島も、なかなか訪れる機会のない場所だからこそ、そこでしかできない経験や出会いがあります。沖縄本島からさらにフェリーで約80分。外からたくさんの人が訪れる場所でもなく、地元の方たちが暮らす島です。だからこそ、その土地の日常に触れられるのだと思います。そして、伊平屋島ならではだと感じたのが、別れのときです。船で島を離れるとき、「本当にここを離れるんだ」という肌で感じる寂しさがある。その別れを通して、「自分はこの土地にいたんだ」ということを強く感じられるのではないかと思いました。
過去に修学旅行で伊平屋島を訪れた生徒たちが、その後も島を訪れていると聞くと、こうした出会いや経験は、その場で終わるのではなく、後々まで心に残っていくのだと思います。
- 河野先生
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民泊先のみなさんとは、学校とは違う距離感だからこそ素直になれて、言えなかったことを相談できた、という声があります。一緒にご飯を食べながら話しているうちに、気持ちが緩んで、自分のことを話す。もちろん、深い話をしなければならないわけではありません。でも、いつも身近にいる大人とは違う人と触れ合い、素直になれる時間があることに、大きな意味があると思います。
今後についてはどのように考えられていますか。
- 石井先生
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私たち教員に思いがあっても、楽しむか、楽しめないか、何を思うか感じるかは、生徒一人ひとりです。私たち教員の思いだけが重くのしかかると、この行事はうまくいかないと思っています。
最近は、民泊先の方への挨拶も生徒たち自身が行うなど、生徒が中心に動く機会が増えました。子どもたちが何をしたいのかを考え、生徒たちの声を受け止めて、「次はどうするか」を考えていく。そこは、以前から変化してきたところです。この行事は、教員からの一方通行では成り立ちません。その答えは、子どもたちがくれるのではないかなと思っています。
星空というのは基本的にどこからでも同じ景色が見えるものである。地球上の位置によって多少の誤差はあれど、そこには数多の地球外の反射光が映る。
ところが都会の喧騒の中ではこれは地球上の灯りに遮られてあまり良くは見えないのだ。自分たちの光で他の光が見えなくなると言うのはなんとも贅沢な悩みではあるが、これを見ようとするとなるべくあかりの少ないところへゆかなければならない。沖縄県伊平屋村の伊平屋島は人口約1000人ほどの村であり沖縄県最北の島として位置している。
ここではどうだろう、照り返す光も多くなく容易に星が見られるとは思わないか。答えはYESだ。
前泊港に到着した我々の班は、のほっちに連れられて島内のさまざまな海岸や名所などを数時間のうちに周ってしまった。
テレビはねえ、ラジオはある、車はそこそこ走っていて、電気もガスも通っているほか、島民は皆顔見知りで暖かく商店や自動販売機もある。良い島じゃないか。
民家に腰を下ろし窓の外の暗所を見つめる我々は、基本的には刺激を求めて生きているタイプの若者なので「何か面白いことはないか」と皆首をかしげていた。
そこで星である。島の景色というのも暗くなると何か違った印象を得ることになる。皆のほっちの車に乗り込み、どこか星を探しにゆこうとしていた。当然我々は島内の星が見えるスポットなど詳しくないので、そこへ着くまで何もわからなかった。のほっちはテンションのやかましい中学生を面白がって急に前照灯を落として脅かしたりもした。そのやかましいテンションのまま田名漁港へ到着した一同は外の暗がりに恐怖心を抱きながらも下車し、堤防へ腰をかけることにした。田名漁港は島の西海岸に位置するため、海上に浮かぶ月が見られた。また、暗所を危惧した一同も月光の明るさには敵わずすぐに目が慣れていった。例の如く刺激を求める我々は、島内で他の明星生とばったり出くわしたり、漁港に他の生徒がいることを少し期待していたが、漁港に人の影が現れることはなかった。私はカメラを上へ向けて10秒ほどシャッターを切り、天の川を写してやろうと思った。私の機材ではそんなロマンチックなことはできなかった。星はぼやけ、光がぶれて暗所にはノイズが乗るようであった。
暗がりの景色に飽きが来て帰りたい思いが強まっていたものたちのためにそこで撮影を中断せざるを得なかった。
伊平屋島へ向かうフェリーの中で、私はワクワクしながらも不安でいっぱいでした。いわゆるギャルネイルと言われる長いネイルにバサバサのまつ毛。「最近の若い子は…」とか民家さんに思われてしまったらどうしようと、緊張しながら海を眺めていたのを覚えています。
夜は、民家さんの家が島唯一のお刺身屋さんだったので貝などの海鮮とお肉でバーベキューをしました。普段は肉食な私ですが、サザエを食べた時美味しすぎて。気がつけば20個も食べていました。お風呂上がりに、友人と深夜2時半まで二人で語り合っていると、島だと時間がゆっくりに感じて焦らなくていいよと言われているような気持ちになりました。
二日目は、朝5時に起きてみんなで日の出を見に行きました。眠い目をこすりながら眺めた朝日は、都会で見るものとはまるっきり違うエネルギーに満ちていました。自分よりもずっと大きいものを見るとなぜかすごく安心しました。
その後の朝食では、東京では苦手だったもずくが、お味噌汁に入っていてそのお味噌汁がめちゃくちゃ美味しくて、お米をおかわりもするほど食べました。
海での海水浴も忘れられない思い出です。生まれてからほとんどずっと海の近くで育ったせいか、水の中では不思議と負ける気がせず、数人の友人と対決しても沈められませんでした。それなのに、最後に先生と対決した時は、わずか2秒で負けてしまい、3秒は持ち堪えるつもりだったので筋トレを決意しました。
午後は、マグロの解体を見させてもらいました。マグロは大きいもので300kgを超えるらしいです。東京だと大きい生き物が人間くらいしかいないからそんなおっきいと動くのは大変じゃないのかなって思いました。
その後みんなでサーターアンダギー作りをしました。手の体温が高い友人が作るユニークな形のサーターアンダギーに、みんなで民家さんから教わった「やなかーぎー」といって笑っていました。
夕暮れ時に再び海へ行き、空が何色にもお色直し(しのぶねぇね風)している様子を眺めた後、スーパーでアイスを買って食べ、夜には星空の下でまたみんなとお喋り。こんなふうに中学生が何も考えず自由にゆったりと過ごせる時間が、何よりも贅沢に感じられました。
別れの朝、朝食を済ませて出発する時、共に過ごした友人がずっと泣いていてそれを見て、私も涙が溢れました。最初にあんなに気にしていたネイルやメイクのことなんて、もう誰も、私自身も気にしていませんでした。それどころか、「綺麗な爪ね~、写真撮っていい?」と言われて親世代には怒られたりもするのでめちゃくちゃうれしかったです。「彼氏を作って帰っておいで」という温かい言葉をもらったので、さすがに彼氏を見つけるしかないなという気がしています。彼氏を作ったら真っ先にまたあの温かい家族が待つ島へ、「ただいま」と言いに行きたいです。
人生で初めて海に入った。もともと足をちょっと浸かるぐらいの予定だったが、結局肩まで入った。なぜなら、楽しかったから。ライフジャケットは革命だと思った。ずっと浮いていられて、海をたゆたうことができる。海水浴面倒だなと思っていたのに、すっかり海のとりこだ。今も入りたくてたまらない。
砂浜は、遠くから見たら白いが、目を凝らすと、色とりどりで美しかった。ももいろの粒もあった。無数の色たちがあの白い砂浜をつくり出しているということが信じられない。





