24時間鍵を閉めない図書館
田園調布学園図書館の歴史から教えてください。
二井先生 現図書館は、校舎を建て替えた2004年に完成しました。それまでは旧校舎の1階の隅が「図書室」でした。道路を渡るため、雨が降れば傘が必要な場所で、実際に「今日図書館に来たのが3人だった」という日もありました。
今は、校舎の中心にあり、校内の最も良い場所が「図書館」になっています。落ち着ける図書館なので、教室にいて「疲れた」と思えば来る生徒もいますし、「ここで勉強したい」と言う高校3年生もいます。職員が図書館に来ていなくても学内の人間なら誰でも自由に出入り可能ですから、学校が開けば本を読んだり勉強をしたりすることができます。
朝から学校と同時に図書館が開館するのですか。
二井先生 開館は朝7時です。ドアはありますが、鍵は24時間閉まりません。外部の方にお伝えすると、まずそのことに驚かれ、本の紛失を心配されますが、これまでにそういったことはないですね。職員がいなくても本の貸し出しができるように、カウンター上に貸出ボードも常に置いています。建て替え当時の校長が、図書館は学校の心臓であり、どの教科でも誰でも使えるように、学校の真ん中にあるべきだという考えで、「性善説に立ちましょう」と言われたことが今に繋がっています。当時は図書館が学校の心臓だと言われて、震える思いでした(笑)。
校内における立地の他に、どのような個性や強みがありますか。
二井先生 この図書館は、生徒がやってみたいと思ったことを応援できる場所だと思っています。例えば、生徒はよく「作家に会いたい」「作家にインタビューしたい」と言います。その場合も、誰に会いたいかという話し合いから、依頼の手紙やメール作成まで図書委員の生徒が行い、交渉します。大人は「まさか無理だろう」と思ってしまいますが、生徒たちが熱い思いで書くと、良い返事をいただけることが多いのです。やなせたかしさんの時もそうでした。
ただ、実際には5~6人しかお話を聞けないので、図書館報「読書の栞」に載せて、全校生徒に知らせます。出来上がりはお礼状と共に作家の方にもお送りしますので、生徒には達成感もあり、一連の流れが社会勉強にもなっていると思います。
松井さん 他にも豆本作りが人気のある活動のひとつです。コロナ前は文化祭の来場者に向けてワークショップを開催していました。本物の本と同じ作りで、自分だけの1冊ができますから生徒にも人気があります。本を作ることによって、本を大事にするようになりますね。
二井先生 今は休止していますが、他校の図書委員たちと一緒に「サークル読書会」も行っています。開催校がテキストを決め、同じ本を読みます。違う学校の生徒たち4~5人で班を作って面白いと思うポイントなどを話し合い、好きな映画や本の話をして仲良くなりますからとても楽しそうです。
学生支援プログラムを活用して「ニューヨーク公共図書館」というドキュメンタリー映画を、みんなで見に行ったこともありました。このとき参加した高校2年生が、大学の推薦入試時にそのことを活かして、「これからの公共図書館の在り方」をテーマに論文を書き、推薦入試で慶応義塾大学に合格しました。図書館の本だけではなく、図書館を通して体験したすべてが生徒の血や肉になって卒業していく。それは大きな意味があり、興味深いと思っています。
72年の歴史を誇る図書館報
図書館報「読書の栞」は年に1回の発行ですか。
二井先生通常は年1回です。今年はやる気がある生徒が多く、2回作ります。図書館報は昭和24年から続いている伝統あるものです。
著名人だけでなく、田園調布学園の先生の幼少期の写真や若い頃の写真のほか、今読んでいる本から先生を当てるというコーナーが人気ですね。20年くらい前の先輩がやっていたものを今大学1年生の代が掘り起こして久々に始めたら、後輩たちも続けています。普段は宿題を出される立場の生徒が、先生に締め切り日を告げ、原稿が来なかったら取り立てに行きますから、立場が逆転する面白さもあるようです。
もう一つは毎月司書と司書教諭が交代で作っている新しく入った本の紹介です。学校の真ん中にあっても素通りするだけの生徒もいますので、本を手に取ってほしいという思いから、新しく入った本から抜粋して、中学生向けと高校生向けに分けて紹介しています。
確かに、本に何かひと言添えられているだけで、読むきっかけやヒントになります。
二井先生 見た人だけが得をするように、クイズを出して全問正解者にはプレゼントがあります。小さなものですが、この本紹介を出すと新たな読者の獲得ができていますね。図書館に来てくれさえすれば話ができますから、立ち寄ってもらうきっかけにもなるものを工夫しています。
松井さん 中学1年、中学2年の時に豆本のイベントを楽しんでもらったり、少しでも本を手に取る時間があったりすると、高校生になってから久しぶりに図書館に来る生徒も結構います。1回でも図書館に通ったことがあれば、戻ってくるきっかけもつかみやすいのでしょう。
この図書館には「つなぐ図書館」というコンセプトがあると聞きました。
どのような意図がありますか。
二井先生 まずは「授業とつなぐ」ですね。中学1年生の社会科授業で歴史の調べ学習を行い、理科では身の回りの植物を調べる課題に取り組みます。その時に図鑑の使い方や出典の書き方、インターネットでの調べ方の注意点も教えます。他にも美術科の時間に読書感想画といって、読書の感想を絵にするという取り組みを行っています。中学2年生では国語科と一緒に14歳の時に読みたい30冊を決めて「イチヨン」という本校オリジナルの冊子も作ります。
百科事典約40冊をデータベースで使えるようにしたジャパンナレッジschoolを全校生徒が使えるようにもなりました。昨年のような急な休校があってレポートなどで使用するときも、インターネットの情報ではなく、きちんとしたものを使って調べてほしいと考えました。
そして「行事とつなぐ」です。修学旅行(学習体験旅行)、遠足(校外学習)へ行く前の事前調べや、文化講演会の講演者の背景やそのお仕事についてもっと知るためのコーナーを作っています。授業と行事、生徒と先生、生徒と本、いろいろなものをつなぐ図書館でありたいと思っています。
探究学習との連動や今後の展開は?
松井さん 先生の授業スタイルや授業期間に合わせて、どういう情報をこちらが用意できるかを提案してお手伝いしています。単元の取り組み方法、授業時間との兼ね合い、最終的な到達点や重点を置きたいことまで話し合って進めていきます。
二井先生 図書館では、何かを調べたい生徒が私たちにレファレンスを依頼することがあります。生徒は語彙が少なく、何が知りたいのかを明確に伝えられないこともありますから、1対1でインタビューしながら「あなたが知りたいことはこういうことかな?」と確認し、深めながら必要な資料を探します。そのためにも常に2人の専任職員がいるのは強みです。
他にも、今は本が少ない家があり、新聞を取っていない家も年々増えています。学校では新聞を5紙置いていますから、同じ記事でも比べながら読みができる紙媒体を図書館で見られるというのは大きいです。
では、田園調布学園図書館の今後について教えてください。
二井先生 上手に図書館が使える人になって卒業してほしいと思います。司書も情報ですからわからないことを聞き、本を開いて情報を得てくれたらと思います。生涯、学びつづける楽しさと方法を得てほしいです。
松井さん 6年間で、自分の本棚として図書館を使ってほしいと思います。高校3年になると図書館で勉強をする生徒はいますが、来なくなってしまう生徒も多く、寂しく思っています。高校3年の時にこそ進路のために資料を使ってほしいと思うのです。図書館が自分の本棚だと思えたら、活用方法が変わりますから、とにかく使ってほしいです。
二井先生 そう考えると、これまで1回も図書館に来なかったような生徒が来たり、メールでレファレンスをしたりという生徒が増えてきました。大学の推薦入試対策で必要があると、私たちはその生徒だけの資料を集め、専用の棚を作ります。生徒は空いた時間にメモを取ったり、借りて帰ったりができますので、図書館からの呼びかけは今後も積極的に行いたいと思います。