自分を解き放ち、舞台にぶつける。劇団大谷”の演劇への情熱
2000年代の高校演劇界で、全国大会に最も多く出場している学校のひとつが、大阪の中高一貫女子校である大谷中学校・高等学校の演劇部です。
舞台にかける情熱や役作りへの真摯な姿勢は、もはや部活動を超えたレベル。学内や演劇関係者からは「まるで劇団」と評されることが増えてきました。
コロナ禍の中でも心を密に家族のように支え合い、2022年7月には全国大会優秀賞受賞を果たした彼女たち。その素顔に迫りました。
Profile大谷中学校・高等学校 演劇部
演劇強豪校のひとつに数えられる大谷中学校・高等学校の演劇部。部員は中高合わせて16名(2022年12月現在)。顧問の高杉学先生および卒業生で劇団員でもあるコーチのもと、運動部並みのペースで活動している。高校演劇で最も権威ある「全国高等学校演劇大会」の常連校であり、2022年7月には演目「なんてまてき」で地区大会・府大会・近畿大会を経て全国大会に出場。上位4校が選出される優秀賞に輝いた。
大谷演劇部
2022年度 卒業公演練習 REPORT
舞台セットは自分たちで組み立てる。練習でも本番でも常に時間制限が伴うだけに、先輩後輩一緒になって素早く動く。その手際と段どりの良さは、見ていて気持ちがいいほど。
今回の卒業公演は、古い日本家屋を舞台に様々なストーリーが展開する。ベースに長い2本の箱、その中に丈夫な平台を置いて、どんな動きにも対応できるよう組まれたセット。「コンクールで使った装置を卒業公演でも使いたい」という高3生の想いも反映されている。
できるだけ1人の出番を増やすのが大谷演劇部のコンセプト。そのためには、早着替えや早髪型替えは必須。今は先輩に手伝ってもらいながらの着付けも、積み重ねていけば1人でスムーズにできるように成長する。衣装は大谷演劇部の財産としてストックしてきたものを活用することも多い。
卒業公演を中高の部員で一緒に作りたいという思いで決まった台本。台本選びでは、現メンバーで一番良い芝居ができる、今までやってこなかったものに取り組む。「もっと思い切って!」と先輩から指導されながら、共に舞台に立つこの経験が次の大谷演劇部を作っていく。
侍と現代の若者が戦う摩訶不思議な物語。凛々しさや恐さを表現するために、本格的な殺陣を取り入れた。新たな公演のたびに、部員達に与えられる様々な課題をクリアするために、部員たちは個人でも努力を重ねる。
悪とは、正義とは何なのかと悩む現代を生きる青年、世間から子を必死で守ろうとする母など、それぞれの役どころを熱演。練習であっても引き込まれる迫真の演技が続く。難しいテーマの台本には、「時代に翻弄されて悩む青年たちの心の葛藤、さまざまなキャラクターのあふれる個性など、演劇らしさが全て詰まっている」と顧問の高杉先生。
舞台上だけでなく、客席もステージとなって、部員たちの熱が会場いっぱいに広がる演出も大谷演劇部らしさ。演出・照明・音響・大道具などすべてを担う部員たちを、顧問の高杉先生や大学生になった先輩、外部コーチが支えてくれている。
演劇部 Member’s Interview
  • 田中さん
    (演劇部部長/特進コース2年生/写真中央)
  • 清水さん
    (演劇部副部長/医進コース2年生/写真左)
  • 堀さん
    (演劇部会計/医進コース2年生/写真右)
  • 高杉 学先生
    (演劇部顧問/社会科教諭)

部長・副部長・会計を務める高校生部員3名と顧問の先生に、演劇部の活動や演劇大会出演の感想をうかがいました。

キラキラ輝いている
舞台の先輩に憧れた

3人は中学から演劇部で活動されているとうかがいました。入部のきっかけを教えてください。

Tさん:
中学1年のときは別の部活でしたが、週1回の活動だったので物足りず、もっと夢中になれる部活を探していました。そんなときに大会に向けて練習中だった演劇部を見学し、同じ学生とは思えない熱気に圧倒されたんです。ここなら夢中になれることが見つかると考え、中学2年から入部しました。

Sさん:
私は小学6年生のときに大谷のオープンキャンパスに参加しました。そこで演劇部の先輩たちが即興劇をされていて、「すごい!」と感動したのがきっかけです。衣装を着て記念撮影したのも楽しくて、「演劇部に入りたい!」という動機で大谷を受験しました。

Hさん:
新入生歓迎公演で、舞台で演じる先輩たちがキラキラして見えたのがきっかけです。小学生の頃に劇団四季を見たことはありましたが、中高生でも同じように本格的な演劇ができるんだと驚きました。体験入部も面白かったので、入部してみようと思いました。

体験入部ではどんなことをされているのですか。

Tさん:
私たちが普段体力づくりのためにやっている柔軟体操やダンス、発声練習などの基礎練習の他、インプロ(即興演劇)やアイスブレイクゲームを体験してもらっています。

高杉先生:
彼女たちの舞台は、中学生公演で30分、高校生公演だと60分と長丁場ですから、日替わりでエアロビクスなどの運動を取り入れ、基礎体力をつくるようにしています。体が温まらないと声も出ませんから。

意外に体育会系ですね! 年間にどれくらいの舞台をされているのですか。

高杉先生:
まず春に新入生歓迎公演。学内公演ですがキャストは中学生がメインで、高校生は裏方や指導役を中心に活動します。その後、7月の大阪高校演劇祭(HPF)に向け、春に脚本を決めて練習に取り組みます。8月には夏合宿があり、11月からは地区大会。ここを通過すると、府大会・近畿大会へ。全国大会まで勝ち抜いた場合は、翌年夏に大会があるため、ほぼ1年間の取り組みになります。そのほかに、12月に学内で行う中学生公演、3月に中高生で取り組む卒業公演、また外部からの招待公演もあります。

Tさん:
コンクールは高校生のみになりますが、学内公演や招待公演は中高一緒の取り組みのため、中学生から参加できる機会は結構多いです。中学生部員でも、毎日の練習が刺激的で、先輩に指導を受けながら、演じるということを追求していけるクラブです。

キャストや監督経験を通じて
正解のない難しさを知った

思い出深い公演や役柄・役割があれば教えてください。

Hさん:
全国大会で上演した作品「なんてまてき」が思い出深いです。私は主人公を助けるおばあちゃん役を演じたのですが、高校生で高齢者を演じるというのが難しく、大会を通じて1年間ずっと役作りに悩み続けました。ご近所のお年寄りを観察して、台本に描かれていない普段の生活などを想像して演じましたが、最初は周りからダメ出しをたくさんされて…。何がダメなのかを自分で考えて、自分なりの答えを演じて、でもまたダメ出しをされて考えての繰り返しでした。ですが、仲間とのやりとりを経て、自分の殻を打ち破れたからこそ、あの演技ができるようになったのだと思います。

撮影:森智明
2022年7月に開催された第46回全国高校総合文化祭東京大会・演劇部門にて優秀賞に選ばれたオリジナル劇「なんてまてき」。モーツァルトのオペラ「魔笛」を下敷きに、主人公の心の傷を曝け出す現実とダークファンタジーが交錯する物語が高い評価を得た。

Sさん:
私もキャストとして多く学ばせてもらったのは、先生役と少女A役という年齢に幅のある2役に取り組んだ「なんてまてき」です。演出として指導する難しさを体験した「うらかたん」(2022年度近畿大会出場)も思い出深いです。

高杉先生:
高校生にはキャストだけでなく裏方の責任者も任せています。今回Sさんを演出に抜擢したのは、「なんてまてき」でキャストとして苦しんだ経験を還元してほしかったからです。

撮影:森智明
「なんてまてき」に続き大谷演劇部がコンクールの上演作として取り組んだオリジナル劇「うらかたん」。舞台の裏方で活躍する照明や音響スタッフにスポットを当てた意欲作。

Sさん:
「うらかたん」では、まだ舞台慣れしていない部員をキャストとして育てるために、自分の中の演技のイメージをどう伝えたらいいのかに悩みました。キャストとして演技に悩んだ時も正解はなかったのですが、指導にも正解がありません。どう言葉を選んで伝えたらいいのか…そこはいまだに悩むところです。

高杉先生:
台本が決まってから最初の地区大会までは1ヶ月しか時間がなく、テスト期間も挟まります。どう効率良く演出を仕上げていくかが毎年の課題で、台詞ごとにブラッシュアップする余裕はないので、シーン単位で練習を重ねていきます。

Tさん:
私は「うらかたん」で舞台監督を担当しました。「うらかたん」は、本来は舞台からは見えないスタッフルームが舞台上で描かれるというシチュエーション・コメディーなので、舞台装置のアイデアを考えるのは楽しかったです。ハプニングがある度に、スタッフや役者が飛んできてガチャガチャさせる「防音の扉のノブ」の動きなどにもこだわりました。

高杉先生:
コンクールの地区大会で、舞台美術賞も受賞しました。演劇大会では舞台設置の時間が定められていて、時間内に準備できなければ失格になります。設置の段取りを考えるのも、舞台監督の大事な役割でマネジメント能力が問われます。高校生部員にはそういうことも学んで欲しいので、積極的に裏方責任者を任せるようにしています。

オリジナル劇が多いように感じますが、脚本はどう作られているのですか。

高杉先生:
次の舞台に向けたテーマを決め、余裕がある時は部内で脚本コンクールを開いて部員全員に脚本を書いてもらっています。そこから良いものを選んで、ブラッシュアップしていくスタイルです。「うらかたん」はキャストではなく、スタッフがやりたくて演劇部に入ってきた人たちを主役にしたお芝居をやってみようというテーマでスタートしました。最終的に、TさんとSさんの脚本を組み合わせた内容になりました。

Sさん:
「なんてまてき」をやったときに、音響担当の子が本当はキャスト志望だったのに、すごく頑張ってくれたんです。それを脚本で表現したら、大会で上演した時に他校の演劇部の子たちからたくさんの共感の声をもらうことができました。

演劇がくれるたくさんのギフト

演劇部で大事にされている行動理念やモットーがあれば教えてください

T・S・Hさん:
(声を揃えて)報恩感謝!

Tさん:
演劇部でも活動するうえで、たくさんの人にお世話になります。「自分一人では舞台は作れない。周りの人への感謝を大切にしよう」ということから、学校の教育理念でもありますが、演劇部としても代々先輩から伝えられている行動理念です。部員はもちろん、コーチや顧問も毎日指導してくださっていますし、応援してくれる家族にも感謝しかありません。

高杉先生:
演劇部は少人数なので、コロナ禍で部員はもちろんその家族に1人でも感染者や濃厚接触者が出れば、練習はもちろん大会出場もできません。部員たちも密にならないように練習するのが大変でしたが、ご家族の協力があってこその3年間でした。「なんてまてき」で全国大会進出が決まった時は、ご家族も込み上げてくる涙を止められない様子でした。

Sさん:
私は医進コースの仲間からもとても応援してもらっています。演劇部の学内公演を見て「自分たちにできないことをやってる!」と感動してくれたようで、それから公演前や大会後に応援メッセージや差し入れを届けてくれるようになりました。勉強との両立は大変ですが、そうした周りの応援に力をもらっています。

Hさん:
私も友達から「頑張ってね!」のメッセージをもらって、応援してもらえるのが力になっています。家族が毎日…休日練習のときもお弁当を作って、支えてくれていることに感謝しています。

Tさん:
演劇部は運動部並みの活動量なのですが、代々先輩たちが勉強と両立してこられたので、私たちも頑張っています。先輩たちからは「毎日コツコツ勉強した方がいい」と聞いているので、そこを守りつつ、部活と勉強とで意識を切り替えて集中しています。

周りに感謝しながら、部活と勉強の両立を実現されているんですね。では最後に、皆さんにとって「演じる」とはどういうことか、「演じる」を通して成長したことがあれば教えてください。

Hさん:
いろいろな役をやらせていただく中で、違う自分になれます。演じていると、自分にこんなこともできるんだとたくさん気付くこともできます。苦労もたくさんあったけれど、やっぱり演じていると「楽しい!」という気持ちが強いです。

Sさん:
演じるときも演出のときも、自分が「これが正解だ」と思っていても、「違う」と言われて「アレ?」となることがたくさんあります。でも「みんな一人ひとり違う考えを持っているんだ」と気づくことで、いろいろな考え方を持つようになりました。小中学生の頃の私は、自分の考えが通らないと周りに腹を立てることが多かったのですが、演じることを通じて、広く深く物事を考えられるようになったと感じています。

Hさん:
私はおしゃべりがあまり上手ではないのですが、演劇部に入ったことで、これまで接したことがないタイプの子とも関わるようになり、自分の世界が広がったと感じています。先輩後輩の上下関係がきっちりしている部活なので、年上の方との接し方・話し方なども鍛えられました。

Sさん:
演劇部には、演劇経験がないことは共通していても、さまざまなタイプの生徒が集まってきます。リーダーシップを取れる子から、静かに本を読むのが好きな子、個性やこだわりが強い子まで、タイプはいろいろ。でも性格や考え方が違うから、たくさんのアイデアが出てきますし、さまざまな役ができるんです。異なるタイプの生徒が集まって、ひとつの劇を創り上げていく経験は、とても得難いものです。

Tさん:
私は今でこそ部長ですが、中学時代は人前に立つような性格ではなかったんです。でも中学3年生のときに卒業公演にキャストとして出演したことが、大きな転機になりました。高校3年生の先輩とペアを組んで練習したら、自分をさらけだして思い切り演じている先輩の熱気に引っ張られて、思い切り演じることができるようになったんです。卒業公演が終わった後のスッキリ感がすごくて「演じるってこんなに楽しいんだ」と実感しました。 自分を解放できる場所があるからこそ、違う自分になれます。役を通じて自分とは違う考え方を見つけられますし、仲間との考え方の違いも刺激になります。演じることひとつで、ガラッと世界が変わっていくのを感じ続けてきて、私にとって演じるということは、「自分を変えていけるひとつの方法」と感じています。

Teacher Message
個性をさらけ出し、それが一つの形にまとまって
舞台演劇として洗練されてきた大谷演劇部
演劇部顧問 高杉 学先生

2012年から顧問を務めていますが、2000年代からの本校演劇部の躍進は素晴らしいものがあります。その背景には、高校演劇のなかで、大谷らしい演劇が認められ始めたことがあると考えています。本校は伝統的に、テンポが早く声も大きい。良い意味で女子校らしからぬ演劇に取り組んできました。「私はこういう人間なんだ」と個性をさらけ出し、それが一つの形にまとまって舞台演劇として洗練されてきたのが、本校の演劇部です。

高校演劇部での強豪校は多数ありますが、中学から劇団員でもあるコーチの指導を受けることができ、高校生たちと家族のように成長できる演劇部は大谷の他にはないのではと感じています。そこが、本校演劇部が「劇団大谷」と呼ばれる所以なのかもしれません。

顧問である私やコーチも「練習してください」と部員たちに言うことはほとんどありません。生徒たちの自主性に任せているのですが、自分達で目標を見つけ、取り組み、中高生の可能性を越えてくれることにいつも感動しています。

私たちにできるのは、生徒が演劇を通じて自分を安心して解放できる環境を整えることです。そうした環境で人として成長していく子どもの姿を、保護者の方々にも感じていただきたいと考えています。