最初は恐る恐るだったものの、友だちから刺激を受け、マスキングテープの可能性を追求しながら作品制作に夢中で向かった生徒たち。普段の机上の勉強とは異なる発想力や創造力が求められた授業の様子からは、豊島岡生の普段とは異なる才能が見えました。
この日は、午前中の4時間が、美術集中実習。生徒たちは体操着の前後に自分で描いた名札を付けて各教室に集合します。Zoomを使った事前レクチャーでは、まず美術科の木田先生による注意事項。そして、講師の淺井裕介さんが紹介されます。
淺井さんからは、「やることは簡単で単純ですが260人余りで1つの作品を作るイメージで。たぶんすごいエネルギーになります」、「頭で考えすぎない。そのためにはなるべくおしゃべりしないで集中。この不思議な時間をみんなで楽しみ共有したい」、「表現は誰かに伝わって作品になる。今日は皆さんがいつも使っている学校に伝え、喜ばせると思ってください」といったことが語られました。
その後、1クラスを奇数と偶数の2グループに分けた全12グループが、指定された場所へ移動。机を片側に寄せたり、まずは掃除をしたり、躊躇なくマスキングテープをはりだしたりと、すでに各グループや個人の個性が発揮されていきます。
指定された場所で、各生徒が思い思いの地点にマスキングテープをはっていきます。最初は淺井さんに言われた通り、小さな×印から。その先は自由です。壁、床、窓、机、イス。普段は気にしていなかった校内の小さな傷や影。次々とマスキングテープをはる生徒もいれば、友だちの様子をうかがいながらイメージをゆっくり形にしていく生徒も。
序盤は、きれいな作品を目指して試行錯誤していた様子の生徒たちでしたが、淺井さんからの「芯も素材にしていいんだよ」「白テープだけを使ってもいいんだよ」「元の形を広げても、重ねられるよ」といったアドバイスによって、自分たちで決めていた枠からどんどん解放されていきます。柔軟にアイデアを出し合い、自由に創造的に作品制作に没頭していきました。
完成した作品は、全員で鑑賞します。教室中を端から端まで横断したテープを這いつくばって下から見上げる作品や、何重にもなった色彩豊かなテープに思わず触ってみたくなる作品。「きれいね。こんなことできるんだ」「頑張ったね」「どうやって作ったんだろう」「きれいだけど、ここまでやっていいの?」と様々な生徒の声が聞こえてきました。
そして、すぐに片づけの時間。作品は身体と記憶に残るというわけです。はがされて丸められたマスキングテープは山になり、いくつもの大きな色の塊ができました。
最後に淺井さんからは「今日は無心になった時間がそれぞれあったと思います」「大人になると、先に決めて、こうしようということばかり。何も決めずにエネルギーを使った今日の時間を、ふとした瞬間に思い出してほしいです」などのメッセージがありました。
午後からは30人以上の希望者が参加して、はがしたマスキングテープを使って立体制作。祭りのあとが、形を変えて蘇ります。生徒たちも午前中とは違う思考で、それぞれが動物や植物や人形を制作。次々と思いがけないものを作り出していきます。午前中から積極的に参加されていた学年の先生方もはがしたマスキングテープによる大きな家を制作。最後には生徒も参加して、家の中には生徒の作品が入るというコラボレーション作品となりました。
薄いマスキングテープから、楽しく、自由に、可能性を試せた1日。豊島岡生にとって、刺激の多い時間だったのではないでしょうか。
動くことで気づくことがある!
― 今日のワークショップの感想をお聞かせください
淺井さん:僕は、いろいろなところでワークショップをやっていますが、大抵1学年100人くらいです。小学生や高校生、大人はありましたが、意外にも中学生は初めてで、260人もの生徒を相手に、しかも一部屋ではなく遠隔で説明するというやり方も初めてでした。「どうなるかな」と不安でしたが、たくさんの先生たちが協力してくれたこともあって、生徒も僕もおそらく良い体験ができたのではないかと思います。僕は、人というものはモノを作る生き物だと思っています。今日のワークショップでも、人にとって作ることは喜びなんだということを改めて確認しました。
― 生徒の皆さんからは、マスキングテープの使い方や自由な発想への驚き、机の上だけでない勉強の楽しさなど、様々な感想がありました。まさにカルチャーショック的な時間だったようです。
淺井さん:そうであったら嬉しいですね。今日のワークショップで、美術を好きになってもらわなくてもいいんです。大人になってそれぞれが自分の仕事を持って行き詰まった時にこういうフィジカルな体験が突破口になる。それこそが美術の役割だと思いますから、そこに気づくといいなと思います。何かを考えている時は「どうにかしなきゃ」と思って視野が狭くなりますが、意外と動いてみることで気づくことがあるということだけでも、ちょっとずつでも体で覚えていくといいと思います。
― 今日のワークショップで完成した作品を見て、どのように感じられましたか。
淺井さん:素晴らしかったと思います。似たような作品が12個できるのかなと心配していたのですが、それぞれ細かく見るといろいろ違うことをしている人がたくさんいて、結構驚きました。本当は、鑑賞の時間にみんなを集めて「ここのこういうところが、ここと違うね」というのを一個ずつ全部確かめて、作り終わった疲れ切った状態でさらに3時間ほどやると、もうちょっと深いところまでいくんです。例えば半分だけはがすとまた作れる場所ができるから、そこにはりましょうってやっていくと、より面白いものになっていったりする。でも、そこから先は脱落者も出てきます(笑)。
― 制作途中で、各場所を回られて「この教室は白だけにしてみよう」とか「もっとテープを使い切ろう」といろいろなアドバイスをされていましたが、きっかけを与えることで、生徒の皆さんの発想力が広がり、制約がなくなっていった気がします。
淺井さん:そうですね。今回は人数が多いので、風通しが悪くなりそうなところを広げてあげる気持ちで僕にできることをやっていきました。
― 今日は数時間でしたが、頑張った豊島岡生にメッセージをお願いします。
淺井さん:みんなが一生懸命やってくれました。おそらくみんなが思っている以上に今日作ったものはいいモノです。そのパワーというか、花がポンと咲いて、すぐ枯れてなくなったような一瞬の美しさ、はかなさ、力強さを、時々思い出してもらえたら嬉しいです。
美術の楽しみ方を伝えたい
― 今回の美術集中実習は、木田先生が企画から考えられたそうですね。「集中実習」ではどのようなことをしたいと思われたのでしょうか。
木田先生:学校の時間割の関係上、中学1年生の美術は通年授業が1時間ずつです。その代わりに1学期に4時間分、3学期に6時間分のまとまった授業を行います。1学期が今日の集中実習で、3学期は上野の美術館や博物館に行くという課外学習です。
普段の授業での1時間は50分で短く、特に中学1年生はまだまだ手が遅いため制作の進度や準備、片付けも遅いので、時間が足りません。しかも美術室の机が、通常の机より少し大きい程度で、そこでできることをやっているのですが、「美術ってそれだけじゃない」と思うんですね。
授業では評価をつけて、良い悪いを判断しなければいけませんが、美術で一番大事なことは評価されるために良いモノを作ることではありません。美術を通して自分が何かをつかみ、だんだん芽が出て育って、何かのきっかけでふと思い出したり、自分では気づかないかもしれませんが、そのつかんだことが自分の中で何かのためになっていたりする。そういうことが大事だと思っています。生徒にはそのためにいろいろな経験をしてもらいたいと思っていますので、4時間続きの長い授業(集中実習)では普段はできないことをやりたいと思っていました。
― 今回はマスキングテープを使って普段は勉強する場である教室や廊下に作品を作ったわけですが、生徒の皆さんにとっては体を使って考える貴重な経験にもなったようですね。
木田先生:普段できないことということで、美術室を飛び出して普段使っているきれいにするべき教室を、違うものに変化させたら面白いのではないかと考えました。また、空間ごと丸ごと作品で、それを体全体で体験する「インスタレーション」も当初からやりたいと思っていました。1人の力ではできないもので、普段は作れない大きなもの。そこで友人の淺井さんのことを思い出したんです。淺井さんが学校に来てくれれば面白いことになるかもしれないと思って連絡を取ってみたら快諾してくれて、集中実習の方向性が決まりました。
― クラスのグループ分けや名札のアイデアも木田先生が出されたとお聞きしました。
木田先生:今回は生徒も淺井さんも初めてなので、あまり複雑にし過ぎない方がいいと考え、クラスを奇数と偶数の2つに分けました。名札はフルネームとニックネームを付けることで、クラスの誰が誰だかわかるようにすることと、呼ばれたい名前をお互いに呼び合うことでより仲良くなれるだろうと考えました。普段、美術はグループワークがあまりできないので、そういった意味でも良かったと思います。今回は美術科の取り組みですが、今後の学年の交流を促進させるきっかけになればいいなとも思いました。
― 今日の美術集中実習の感想を教えてください。
木田先生:「みんな、やっているな!」と思って見ていました(笑)。この学年は威勢がよく元気な学年で、その良さが出たと感じています。もっと戸惑うかと思いましたが、意外とすぐに始められたし、他のグループが「机に乗って作業をしている」と誰かが気づけば、「私たちもやるぞ」と刺激を受けて柔軟に反応していました。自分の手元に集中しながらも周りも見ながら作れていましたし、イキイキしてかなり積極的に取り組んでいて良かったです。それぞれの時間と空間を楽しみながら今日は過ごせたのかなと思います。
― 今回の美術集中実習には豊島岡女子学園としての柔軟さも感じました。進学校として注目を集める貴校の美術授業としては意外性が高いのではないかと思います。木田先生は美術の時間を通して、生徒に何を学んでほしいですか。
木田先生:難しいですね。学校の教科の1つであって、評価をつけていく必要があるということで、普段はどれだけ材料をうまく扱えるかとか、自分が考えていることを的確に人に伝わるように表すことができるかを見ることになります。
ただ、評価を超えたところで生徒に伝えたいこともあります。私はずっと美術が好きで、美大を卒業してからも仕事として美術に関わってきました。そんな美術を「こういう風に楽しんできたよ」「こういう楽しみ方もあるんだよ」と生徒に紹介したいと思っています。なかには「うまくなきゃいけないんでしょ」と思っている生徒もいると思いますが、上手なことだけが良いことではないのです。それが普段の授業ではなかなか伝えづらいので、今回のような集中実習をきっかけにして、少しずつ何かしらのタイミングで伝えていければと思います。
また、今の中学3年生が1年生だった3学期に、校内の普通教室を使って生徒の作品展をしようと企画していました。生徒が1年間の授業で作った作品から自分が一番思い入れのある作品を展示しようと考えたのです。コロナの関係で中止になってしまいましたが、もし機会があれば、またそういうこともやりたいと思っています。
― 貴校では発表の場がとても多いですが、美術でも効果は大きいですか。
木田先生:美術は、自分の表現したいことを追求することや技術を磨くことも大事ですが、いろいろなものを見たり体験したりすることがとても大切です。普段の授業でも1つの課題が終わった後に作品を鑑賞する時間を必ず入れています。同じ課題、同じテーマでも、出てくるものは全く違い、その違いは考え方や捉え方の違いだということ、いろいろなものがあってそれでいいんだということを知ってほしいと思います。ですから、今後も発表や鑑賞の機会はたくさん取りたいですね。