国学院大学久我山中学校は、男子部と女子部が別々の校舎で学びながら、部活動や生徒会活動、学校行事は男女共同で行うという男女別学の学校だ。男女の比較ができるという男女別学ならではの利点を活かし、「キャリア教育においても、他校に真似のできない独自の「生き方」教育にまで高めている。今回は、女子部長の髙橋秀明先生に、女子部における職業観育成プログラム『働くということ』を中心とする取り組みについてお話しをうかがった。
高校1年生 「続・働くということ~進路を考える」
合同企画 『Global English CAMP』
ココロコミュ
御校のキャリア教育は男女で内容が違い、スタート時期も女子が1年早いのはどうしてでしょうか。
髙橋先生
中学生で比較すると、思春期の精神的な年齢は女子の方が成長が早いのですが、社会に出ていくという感覚は男子の方が早いと感じます。将来のことをリアルに考えている女子は意外と少なく、男子は幼いようでもいずれ働くという感覚を持っているんですよ。そういったわけで、男子は中学3年生から職業意識についてのプログラムをスタートするのですが、女子は1年早く、中学2年生からスタートします。「大人になったら働きなさいと頭ごなしに言うのではなく、4年間かけて職業意識を浸透させていきます。
ココロコミュ
中学女子部の2年生からスタートするキャリア教育シリーズ『働くということ』は、学校の先生ではなく、外部講師による特別授業「働くということ…人は、なぜ働くの?」から始まりますね。それはどうしてですか。
髙橋先生
働くことへのアプローチを考えたときに、社会を一番知らないのは教員だと直感し、『働くということ』というシリーズのスタートは教員が教えるのではなく、社会を知る外部の方、しかもトップリーダーに語ってもらうことにしました。ちなみに、この教育プログラムを始めた10年前は今以上に不景気で、子供たちにまで暗いムードが漂っていました。そんな時だからこそ、若者に期待を持っている人に話をしてもらいたいと考えました。新聞で、当時の経済同友会代表幹事(日本IBM会長)だった北城恪太郎さんが若者に期待を寄せる内容の記事を発見しまして、この人だと思い講演を依頼したのが始まりです。
ココロコミュ
中学2年の4月には講演会があって、5月にはグループごとに「実地調査研究」を行うわけですね。意図を教えてください。
髙橋先生
職業に貴賤はないということを生徒に伝えたいという思いがあります。貴賤があるとすると人にあるわけで、それを確認するためにも現場に行くしかありません。そこで「実地調査研究」いわゆる職場訪問をすることになりました。職種を勉強しに行くのではなくて、そこで働く大人の矜持を見に行く企画です。6~7グループにわかれて、生徒の日常に関連の深い職場を訪問します。制服を扱っている百貨店、宿泊行事でお世話になっているホテルや航空会社。中2で華道実習があるので、お花を卸してくれているお花屋さんなどが訪問先です。
ココロコミュ
働く大人の矜持を見に行く職場訪問というのは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
髙橋先生
生徒に訪問先の企業を選ばせないというのがポイントです。それによって好きな企業の仕事内容を見に行くのではなくて、働く人そのものを見てもらいたいと思っています。『働くということ』というシリーズ全体に言えることですが、この中高の6年間でどこまで視野を広げられるかを大切にしています。キャリア教育で一番いけないのは、「好きなことをやってごらん と言うことです。子供の世界は狭いですから、狭い中で選べというのは無責任な発言ですよね。
ココロコミュ
続いて、中学2年の秋に第2回の特別授業「働くということ…世の中のしくみを知ろう!そして、いまやるべきこととは?」が開催されるんですね。
髙橋先生
第2回特別授業の前に、夏休みの課題として自分の行きたい企業に個人で職場訪問をしてもらいます。自分でアポを取って行って、夏休みにレポートを書いて、秋の文化祭で発表します。みんなの発表を見て、世の中には色々な仕事があるんだということを漠然と知ってもらうのが目的です。その上で、第2回を実施します。業種、職種といった仕事の分け方、成り立ちを知ってもらうために「創」「工」「商」という3つのグループに分かれます。例えば、「創」という業種の中にも職種としての「創」「工」「商」があるということなどをそれぞれのキャリアを積んだ方の話から理解し、刺激を受けてもらいたいと思っています。今年度、「創」は世界的なエレクトロニクスメーカー、「工」は外資系製薬会社、「商」は外資系通信会社のトップリーダーの方に来ていただきました。
ココロコミュ
中学2年から高校2年の希望者を対象にしたグループディスカッションがプログラムにありますが、このタイミングで学年の枠を超えた少人数グループのプログラムが入ってくるのはなぜでしょうか。
髙橋先生
この10年で生徒の興味関心が多様化し、2回の特別授業だけでは、意識の高い生徒の要望に応えられなくなってきたことが理由です。仕事への関心という意味では学年はあまり関係ありません。そこで、130人を相手に1人の講師が話すというアプローチだけでなく、小さい単位で何かできないかと考え、学年を超えた10人のグループを5つ作り、それぞれに1人の経営者に入っていただき、テーマを「グローバル社会、あなたはどう生きる?!」にしたグループディスカッションの形になりました。
ココロコミュ
グループディスカッションは、どのような面でプラスだと思われますか。
髙橋先生
直接、悩みや質問をぶつけられることです。いま何をしなくてはならないかがわかるという気づきはプラスだと思うんです。それが、勉強のモチベーションに繋がっていきます。
ココロコミュ
中学2年から始まる『働くということ』は、高校ではでどのように発展させるのでしょうか。
髙橋先生
中学生の頃は、努力をすれば夢を実現できるという「明るい未来」を想定するだけで充分なのですが、高校生になると難しい現実をどう生徒に伝えていくかが課題になります。ほとんどの場合、自分の思う通りにはならないわけですからね。いろいろと挫折はするけれど、そこから起き上がる力が一方で必要だということです。夢を実現するだけがキャリア教育ではなく、挫折も経験しておかないといけないと思います。
ココロコミュ
「夢を持ちましょう」「やりたいことをみつけましょう」と言うだけのキャリア教育に少し違和感を持っていたのですが、「夢を持ちましょう」が大事な年代と、「挫折も含めて成長していきましょう」という夢を直視することが大事な年代があるということですね。
髙橋先生
私がそれに気が付いたのは東日本大震災でした。震災があって、生きていくということを突き付けられた時に、どこでも眠れるかどうかが現実のすべてになります。そういう状況でも必死になって生きていくということが生きることなので、いいことばかり伝えるのは子供たちに対する裏切りになってしまう。キャリア教育というものを、自分のキャリアを積み重ねていくところだけで捉えるのではなくて、社会全体の中で捉えていかないと自分の立ち位置が見えてこない。生徒に伝えるのはとても難しいのですけれども。
ココロコミュ
キャリア教育の幅はとても広いのですね。
髙橋先生
キャリア教育の幅でいうと、他にも「判断力」という要素が入ってきます。人生の中で、突然判断を迫られることはいっぱいありますよね。そのときに、責任のある判断が出せるかどうか。例えば、結婚をしつつ、やりがいのある仕事も持っているという状況で、突然夫がアフリカに転勤となった時にどうするのか。一緒に行くのか、残るのか、子供がいたらどうするのか。やりたいことを実現するだけがキャリア教育だと、自分の人生には直結しないと思うんです。思わぬ展開に、どう自分なりの答えが出せるかが大切ですね。
ココロコミュ
そういう学びは、学校でのあらゆる体験と繋がってくるのかもしれませんね。
髙橋先生
あらゆる勉強、あらゆる行事と繋がっています。例えば、「自然体験教室」という中学3年間を通して行われる宿泊行事があるのですが、自然の力を借りて、大切なことは何なのか、仲間とは何なのか、ルールとは何なのを体験的に学ぶ機会になります。そういった体験がいざという時の行動の基準を作るはずです。色々な選択肢の中で、自分の責任で判断をできるような人間にならないと、自立した女性とは呼べません。
ココロコミュ
今後のキャリア教育について、どのように考えられていますか。
髙橋先生
「働くとは何なのか」と考えた時に、私自身も10年前と今とでは考えていることが違います。答えが変化していくことを、生徒と教員で一緒に考えていこうというのが本校のキャリア教育のスタンスです。「世の中の役に立つ」とか「社会の役に立つ」と言いますが、実際にそのテーマについて考えたら、変化するので凄く難しいんですよ。また、多様化の時代ということで言うなら、海外に出ていくグローバルだけではなく、内なるグローバルも進んでいくんだろうなと思います。日本の会社に就職しても、右のデスクはアジア系、左のデスクはアフリカ系ってことにもなるでしょう。そうするとキャリア教育としての英語教育も必要になるんですよね。女子部では、来年のはじめに、『Global English Camp』というタイトルで、中学2年生から高校1年生を対象に留学生と様々な活動に取り組む体験型学習をやります。キャリア教育もどんどん変化していきたいと思っています。