自らの賜物に気づく機会となる「卒業論文『なんでやねん』」
― 2023年度の「卒業論文研究発表会」の感想をおうかがいします。
森野先生コロナ禍を経てこの形での発表会は3年ぶりになりますが、熱意が伝わる生徒が多く、とても良い発表会でした。前回の記憶と比較すると、生徒たちは随分プレゼンテーションが上手になったと思います。授業の中でプレゼンをする機会が増えていることもありますし、学校だけではなくいろんな場面で上手なプレゼンを目にする機会が増えていることも影響しているのだと思います。研究テーマも多岐にわたっていて、自分の興味のある事柄をクエスチョン形式にして深めていきますから、ファッションやアニメといった比較的軽いと思われがちなテーマでも、きちんと学問的に掘り下げている状況には感心しました。
今後の課題としては、生徒間のプレゼン能力の差異を埋めて行くことでしょうか。もう少し声を大きく、もう少し顔を上げられたらという生徒もいました。また、終了後の質疑応答で質問がさらに出れば、より活発な発表会になります。まだクエスチョニングスキルが高いわけではない中1、中2の生徒がオーディエンスの中心ですから仕方がないのですが、時折そこに中3の生徒が混ざっていると、ポイントをついた質問や的を射た感想が出て盛り上がっていました。全体のクエスチョニングスキルが更に伸びて、発表者が困るぐらい質問が出る状況になったり、タイムアップで打ち切られてしまうぐらい活気が出れば、より活発な発表会になると思っています。
― 発表会では、意外な質問をされてもその場で考え、自分の意見も交えて答えられている様子から、テーマをしっかりと深掘りできていることが伝わりました。
森野先生それだけリサーチをしているのでしょう。特に一部の生徒については、参考文献の多さに驚きます。それだけ読み込み、調べ尽くしているからこそ、多種多様な質問に対応できるのだと思います。私も一人の生徒にわざと意地悪な質問をしたのですが(笑)、しっかり自分の意見を答えてくれて、大したものだと思いました。
― フィールドワークも、アポイントメントの段階から生徒自身がやっていくそうですね。
森野先生自分で連絡先を調べて、お手紙を書きお送りするのですが、今はまず表書きができない生徒もいるようで苦労するそうです。ただ、中学生が学習のためにと連絡を取ると、意外なビッグネームの方が応じてくださる状況は、今までもたくさんありました。フィールドワークでお世話になった大学教授が、その生徒の大学面接時にいらっしゃったケースもあったそうです。
中3で調べたことが、将来の進路につながった生徒も複数います。我々としては、中学の時に調べたことがその生徒の生涯にわたる学問テーマになったり、生活と密着したものになったりしてくれれば嬉しく思いますし、その結実が少しずつ見えてきていますので、指導する学校スタッフのモチベーションを上げる要因にもなっています。
― 御校の教育理念「一人ひとりの賜物を生かす」の「賜物」と生徒が出会う機会を作る「卒業論文『なんでやねん』」というわけですね。
森野先生そうですね。中学入学後、「自分の賜物とは何か?」と考えていく時に、こういった取り組みを通じて賜物を見つけ、深めていける生徒もいるということです。もちろん担当教員が面談を重ねて、このテーマで良いか、1つの論文ができるぐらいのテーマになっているかといった指導をしていきますが、基本的には生徒自身が調べたいテーマ、興味のあることをテーマにしています。それが将来大学で何を学ぶのか、自分の生涯のライフワークを考えるひとつのきっかけにはなっていると思います。
― 論文完成までの紆余曲折は、生徒の成長にどのような影響を与えますか。
森野先生いわゆる受け身の座学だけにとどまらず、積極的に頭を使って自分で課題を見つけて調べて考察をするという活動なので、生徒の成長は大変大きいです。「それに時間をかけて、大学受験にどう結びつくんだ?」という意見もありましたが、こうした探究活動をきっちりとやっていた生徒は広い意味での学びの力がつき、大学受験でもしっかりと進路を切り拓いていくことが多いのです。また、大学に入って研究をし、論文を書いていくときに、中高での経験によって他よりも一歩先へ進めるといった声もあります。
― その意味では、こうした探究の機会を学校としても増やしたいと?
森野先生今、いろいろなプレゼンテーションの大会が増えていますから、興味を持って参加する生徒も、徐々に増えてきています。本校は部活と勉強が主でしたが、部活には入らずに探究活動に時間を割いて、いろいろな全国大会にエントリーして、賞をいただいて帰ってくる生徒も少しずつ増えています。
また、中学生での個人の探究を、高校生になっても続けたいと思っている生徒もいますので、個別の探究活動を継続できる形を図書館スタッフと模索しています。高校ではSDGsをテーマに、生徒どうしのグループワークを中心とした探究活動に移行します。協働的な学習も大事なのでしっかり取り組んでほしいのですが、6年間をかけて生徒個人の探究を続けることも大きな実を結ぶと思います。今も「清教アカデミカ」という有志の生徒が参加する活動を、図書館を中心に行っていますので、課外活動の多様化として位置づけ、生徒に探究の学びのチャンスを広げていきたいですね。
― 生徒の皆さんがいきいきと発表していた『卒業論文研究発表会』でした。ここに至るまでの「卒業論文」について教えてください。
山﨑先生「卒業論文研究発表会」は、「総合的な学習の時間」で生徒が書き上げた卒業論文の研究成果を発表する機会です。授業の根幹は、自分でテーマを選んで、図書館を使って研究論文を書くこと。生徒自身の「こういうことをやりたい」「これに興味がある」という想いから研究がスタートします。そのため、完成した論文は、学年150名近くの生徒一人ひとりのテーマが異なります。中2の2学期から1年間ほど、授業時間にして約30時間をかけて論文を完成させます。中3の3学期に、論文の内容を要約したポスターを作って研究発表に臨みます。
論文執筆の過程では、「このテーマで君は何を考えたのか?」と、教員や周囲の同級生から問われ続けます。そのようなやりとりを通じて、生徒は発表会で自身の意見や考えを言えるように鍛えられます。また我々の授業の場合、参考文献からの引用と、生徒自身の意見をきちんと分けるように指導します。人の意見と自分の意見を混ぜてはいけないルールなんですね。「参考文献の著者がそう言ってるのはわかった。で、あなた自身は何が言いたいの?」と問われ続けるわけですから、これに生徒は苦しみます。並大抵の読書量や、いい加減なネット情報の参照では、なかなか太刀打ちできない課題なんですね。
論文の規定文字数は決まっていませんが、目安として、過去の先輩の論文は平均1万2000字くらいだと伝えています。生徒によっては5万字以上書く生徒もいます。
― その授業の中心が学校図書館であることも、清教学園の探究学習の特徴ですね。
山﨑先生学校図書館の資料を使って研究するのが、本校の探究学習の方法です。図書館は利用者の求めに応じて、どのような分野の本も提供できる・提供しようとする場所ですから。例えば「刀をテーマにしたい」と生徒が言った時に、私たち教員から「刀」について教えられることは少ないです。そこで、司書・司書教諭の蔵書に関する知見をもとに、読むべき本をアドバイスします。研究で使う参考文献の相談に乗るんですね。図書館の用語で「レファレンス」といいます。生徒はレファレンスで集めた「刀」の関連書籍を読んで勉強します。「刀」について本を書いた、様々な著者の意見を参考にしながら、「で、自分は何が言いたいのか」と考えます。
― 生徒はテーマをどのように決めるのですか。
山﨑先生まずは「分野・題材を選ぼう」と言っています。中2の研究スタート段階では、「刀の研究をします」「K-POPの研究をします」といった具合に、広い分野・題材しか決まりません。図書館の先生方にすすめられた本を読んでみたり、自分で文献を集めて読み進めたりするうちに、だんだんと分野についての知識が深まっていきます。知識が深まるほど、オリジナリティのあるテーマや、具体性のある研究内容になっていきます。
南先生最初に選んだテーマがそのまま論文のテーマになる生徒はほとんどいません。途中でテーマを再考したり、振り出しに戻る生徒もいたりします。読書が苦手な生徒も、興味があっても難しくて読めないという生徒もいます。ただ、卒業論文は本を読まないと進みませんから、読めるところから読んでみようと司書・司書教諭が提案したり、目次を見せて丁寧に解説をしたりといったことを行っています。
― 図書館の充実と、司書・司書教諭の先生が複数いらっしゃるからこそ可能な対応ですね。
南先生こうした探究学習では、あらかじめテーマをしっかりと立ててから取り組み始める学校や、教員が生徒に研究テーマを与える学校も多いです。一方で清教学園中学校の場合は、生徒が本を読みながら、具体的なテーマを考えます。分野や題材の中でもどんなことに興味があるのかを考えながら読書し、また悩む。そのような形で研究の行き先はわからないまま、とりあえず本を読んで進んでいきます。私たちは生徒が自分のテーマを決めるまで待ち続けます。決めるのは本人。私たち教員が先回りして決めないことが大切なんです。
山﨑先生「卒業論文『なんでやねん』」は、立派な論文を書く、上手に発表する、研究成果を残す、といったことが授業の目的ではありません。「自分は何に興味を持っているんだろう」と自己分析しながら試行錯誤することが目的です。悩み続けた結果、論文完成まで到達できない生徒も出てきます。最後までやってみて「自分には何も興味があることがなかった」と、空っぽの自分を見つめる生徒もいます。しかし、自分でテーマを考え、自分なりに結論を出すこと、その過程こそが大事なのだと信じて、最後まで見守ります。
― フィールドワークもテーマを深める大きなポイントですね。
山﨑先生研究の基本的な部分として読書は大切です。しかし、オリジナリティや具体性のある自分の意見が出てくるには、本を読んでまとめるだけではなかなか難しいものです。そのため、専門家への取材や、実験・観察、社会調査等を通じて、自分の足でも情報を稼ごうと言っています。
南先生たとえば今年の生徒は、50名近くが学外の専門家(学術研究者や企業・団体など)に取材しました。生徒を学外に出しますから、取材依頼の手紙の指導は、かなりしっかりとやります。本当にこの生徒が聞きたいことのご専門の方なのか、失礼のないくらい事前にしっかり勉強しているか、等を確認します。
また、専門家への取材以外にも、アンケート調査、実験、工作などを通じて、自分の仮説を検証する生徒もいます。こういったフィールドワークの結果、それまでに書いていた論文の内容が、1章分丸ごと不要になることもよくありますね。生徒は文量を書くことに必死で、情報を絞り込むことが苦手なので、そこは冷静に判断できるよう指導していきます。
― 時間をかけてしっかり取り組む「卒業論文」の意味は?
南先生なかなか本気になって取り組めるテーマが見つからず、そこそこで研究に取り組んでいた生徒がいました。ところが彼は、「実はずっと数学が好きだった」と言って、中3の3学期、卒業間際になって、テーマを「数学オリンピックと出場者の成長の関係」に切り替え、一気に論文をまとめあげてしまいました。論文を見せてくれた時に、彼自身の数学に対する愛情を、浴びせかけるように話してきて驚きました。「この子がこれだけ熱く語れるのなら、この授業はこの子にとって本当に意味がある、良いものだったんだろう」としみじみ実感しました。
そうした熱が、表に出てくる生徒もいれば、出てこない生徒もいます。いずれにしても「自分はこれに興味があるんだ」「自分はやりとげたんだ」ということは生徒の内に残るでしょうし、人生の長いスパンのどこかで、この「卒業論文」が支えになってくれればいいなと思います。自分が興味を持っているものや、大切にしていることを論文にまとめて、人にも読んでほしいとさし出す経験は、とても良いものです。
山﨑先生授業担当者の間では「学びのイニシアチブ」という考え方を使ってよく議論します。学校での学びというのは基本的に、国が内容を決めて、決まった教科書を用います。学ぶ内容も方法も、自分以外の誰かによって決められているんですね。また、本校の場合は進学校として、入試対策の勉強が学びの中心です。こういった学びは、「偏差値を上げて大学に合格する。そのために勉強する」といったように、何か別の目的を達成するための手段だといえます。学ぶこと、それ自体が目的にはなり得ません。つまり、学ぶ内容、方法、そして目的のどれをとっても、生徒に「学びのイニシアチブ」が無い状態なんですね。
しかし、清教学園中学校の「卒業論文」の場合、「君は何が学びたいの?」「どんな方法で学びたいの?」「なんでそれを学びたいの?それを学んでどうしたいの?」といったことをずっと問われます。学ぶ内容、方法、目的を、すべて生徒が自分で決めるんですね。生徒自身に「イニシアチブ」を握ってもらうわけです。このような授業形態に、これまでの学校教育とのギャップを感じ、戸惑う生徒もいます。しかし自分の興味関心に正直に学べば、「これがおもしろい!」「これが許せない!」「これを分析したい!」「だから学ぶんだ」と、だんだん生徒が変わっていく。学ぶこと、それ自体が目的化していく。気が付くと目安の文字数もとうに超えてしまい、「まだまだ根拠が弱いんです」「もっと言いたいことがあるんです」と、卒業式前日までずっと書いている生徒がたくさん出てきます。その姿を見ると「この生徒にとって『学び』が自分のものになったんだな」と嬉しくなります。生徒の学習観が変わる過程を見るのは、授業者としてとても面白いものです。
この授業は「卒業論文『なんでやねん』」の名の通りの授業です。テーマを考えることを通じて、「私は何がしたいねん」と自分にツッコミを入れる。研究を通じて、世の中に「なんでやねん」とツッコミを入れる。本校の探究学習は、そのような充実した学びの道のりこそを大事にしています。