海城中学高等学校

新しい人間力と学力をそなえた 真のリーダーを育成

私学的授業
海城先生インタビュープロジェクトアドベンチャードラマエデュケーション授業中学受験私立中学東京男子校

「新しい人間力」をそなえた「新しい紳士」を育てる。海城中学高等学校の真のリーダーを育成教育。
毎年、東大への合格者数ランキングで上位に登場し、80年代後半から進学校のイメージが定着した海城中学高等学校。しかし当時から「大学合格実績だけではいけない」という問題意識が高く、「新しい人間力」と「新しい学力」をバランスよく備えた真のリーダー「新しい紳士」の育成に注力し続けています。 今回は「新しい人間力」を育成する試みの一つとして「プロジェクトアドベンチャー(PA)」と「ドラマエデュケーション(DE)」という2つの体験学習について、体験学習推進委員会の現委員長である中村陽一先生と、前委員長の次重文博先生に話をうかがいました。

海城が提唱する新しい人間力

本校ではもともと、大学受験を突破できるだけではなく、大学を卒業し社会に出てから活躍できる人材の育成を目指してきました。グローバル化が進み価値観がますます多様化した現代社会においては、それにしたがって努力していけば、誰もが幸せになれるといった「大きな物語」は、すでに失われてしまっています。 このような社会で活躍していくためには、価値観の異なる他者、前提を共有しない他者と対話するコミュニケーション能力や、価値観の異なる他者と協働し、これまで目にすることのなかったような新しい問題や一つの決まった答えがないような問題に取り組み解決する能力が、ますます求められるようになっています。
海城中学高等学校が提唱する新しい人間力と学力をそなえた真のリーダーを育成する2つの体験学習
その能力を育成するには、教員がそのノウハウのようなものを教え聞かせるだけでは不十分です。基礎基本の部分を教えることはできるかもしれませんが、コミュニケーションの方法と言っても状況によって適切な対応の仕方は様々ですし、そもそも彼らが現実で向き合うことになる問題は多様で一定の答えがある訳ではないので、どんな状況でも通用するような方法を教えることはできません。
そのような力を鍛えるためには、実際に他者と対話し協働するような場の中で、状況に応じた適切なコミュニケーションの方法や、価値観をすりあわせながら他者と協力する方法などを、体験的に学ぶプログラムが有効だと考えます。 座学でマニュアルに沿って学ぶのではなく、他者と共に体験的に学ぶような学習プログラム、誰かに教えられるのではなく体験の中で自ら適切な方法を学び取るようなプログラムが必要なのだと考えます。

2つの体験学習「プロジェクトアドベンチャー(PA)」と「ドラマエデュケーション(DE)」

そのような問題意識をもって、体験学習プログラムの調査、研究を進める中で、「プロジェクトアドベンチャー(PA)」や演劇の手法を用いた「ドラマエデュケーション(DE)」が、本校の生徒に有効ではないかと考えるようになりました。12年前にPAを試験導入した後、どのようなプログラムをどの段階で実施するべきか検討を重ねて、現在では中学3学年のそれぞれの発達段階に合わせた体験学習のプログラムを実施しています。
これは学習観の変遷とも関わる話ですが、本校の体験学習はあらかじめ獲得すべき知識が示され、その知識の獲得が主たる目的となるような活動ではありません。大切なのは、授業を通してどのような体験をし、その体験を通して何に気づき、何を学び取ったのかを、生徒それぞれがきちんと振り返り、今後の生活に生かしていくことです。 この場合、身体をともなった体験であるということも重要です。「アタマ」だけではなく、「カラダ」にこそ深く刻まれるような体験(身体的な心地良さや不快感などでしょうか)があります。そこから学ぶことが重要です。PAもDEも身体表現を伴った活動になっているのはそのためです。

体験学習「プロジェクトアドベンチャー」の学び

未知の世界へ一歩踏み出し、
経験や挑戦を通して人間的な成長を促すプログラム

未知の世界に挑戦する「アドベンチャー(冒険)」を核とした中学1・2年時の体験学習プログラム。 立木や丸太、ロープなどを使った様々な活動の中で、チームで課題に挑み、人間として成長するための「気づき」を得ながら、仲間と信頼関係を築く。自己との対峙、葛藤、自分自身に対する挑戦、仲間との協力、達成感などを体験しながら、コミュニケーション能力やコラボレーション能力、創造力などを高めていく。
プロジェクトアドベンチャー<PA>とは・・・
■中1プロジェクトアドベンチャー(PA)
未知の世界に挑戦する「アドベンチャー(冒険)」を核とした中1プロジェクトアドベンチャー(PA)での体験学習の様子
自己との対峙、葛藤、自分自身に対する挑戦、仲間との協力、達成感などを体験しながら、コミュニケーション能力やコラボレーション能力、創造力などを高めていく。
生徒同士がまだあまり触れ合えていない入学してすぐの春に、高尾の森わくわくビレッジのプロジェクトアドベンチャー施設で行われる日帰りのプログラム。PAジャパンのファシリテーターの指導の下、小さい板の上に全員が乗る課題、ワイヤーの上を皆で協力して綱渡りする課題など、1人では達成できない課題に取り組む。地上に近いところでの体験が中心のため「ローエレメント」と呼ばれる。
<次重先生> 「プロジェクトアドベンチャー(PA)」は、未知の世界に対して一歩踏み出したり、まだあまり経験のないことに挑戦したりすることを通して、人間的な成長を促すプログラムです。そのような体験を積み重ねることで、自分の世界が広がっていき、また新たな領域へと進んでいくことが可能になります。
「冒険」や「挑戦」を可能にするには、それがしやすい場が作られなければなりません。何か新しいことにチャレンジしようとした時に、周りの者がそれを揶揄したり、足を引っ張ったり、はしごを外したりするような環境だと、安心して行動に移すことができません。逆に、新しい挑戦を励まし応援するような場であれば、たとえ失敗したとしても、そこからもう一度チャレンジしようという気力が湧いてきます。だからPAでは、まずお互いに心を許し合い、信頼し合える人間関係作りから行っていくことになります。それが、中1の「ローエレメント」を中心とした活動です。
PAのチームで協力しなければ達成できない課題に取り組む時、メンバー同士のコミュニケーションが自然と行われます。その中で試行錯誤を繰り返しながら行動していくことで、お互いの信頼関係が結ばれていきます。うまく課題や目標を達成できた時には、みんなで喜びを分かち合い、それぞれの自信につながっていきます。最初、クラスメイトとまだよく話したこともなくて不安そうにしていた生徒同士の距離が一気に縮まり、笑顔や笑い声が生まれます。
さて、PAの活動を経た後、実は生徒同士の小さなケンカがよく起こります。というのも、お互いが仲良くなり、入学時にはあった心の壁が下がっているからなのです。気を許している状態だからこそ、そこで心ない一言を言われると、心に強く突き刺さります。心の壁が高く防御している状態なら起こらないようないざこざが起こってしまうのです。
一見、それはPAの弊害のように見えるかもしれませんが、心の壁を下げ合ってコミュニケーションするとはどういうことかという新たな学びの場になっています。PAの活動の時に体験した、チャレンジすることを応援し合う安心・安全の場が、学校生活においても実現されなければならないことを学び直すのです。その後、文化祭や体育祭に向けての活動が進んでいく中で、意見がぶつかって互いに譲らない状態になったりすることもありますが、そんな時にはPAで自分たちはどうしたのかという共通体験を元に話し合っていけますし、また次第に相手を尊重することを覚えていくのです。
PAでも、活動終了後は必ず振り返りを行い、どこが良かったのか、どういうところが次に生かせるのか、今の気持ちはどうかなどを話し合い、共有します。実際の活動よりも話し合いの方が長いくらいです。そのような話し合いも含めた体験を入学して間もなくの時期にすることで、これから始まる海城での6年間のスタートを切るのです。
■中学2年 プロジェクトアドベンチャー(PA)体験
あまり経験のないことに挑戦したりすることを通して、人間的な成長を促す中学2年プロジェクトアドベンチャー(PA)体験学習の様子
プロジェクトアドベンチャーの体験学習を通して、視野が広がり新たな領域へと進んでいくことができる力を獲得できる
中学2年のPAでは、1泊2日の研修で、ハイエレメントと呼ばれる高い場所での活動になり、チャレンジレベルがさらに上がる。自分たちのチャレンジは自分たちで選択が可能であり(チャレンジ バイ チョイス)、グループ内で生まれる「高いところは苦手だから低いところがいい」「せっかくだから高いところでやろう」といった葛藤をクリアしていくことが、生徒たちにとっての課題のひとつになる。夜には長時間をかけてお互いの価値やチャレンジについて議論や討論を行い、信頼関係を再構築していく。
<次重先生> 中学2年では、いよいよ自らの「挑戦」と向き合いながら、活動していきます。人間が本能的に恐いと思うような状況には、例えば「暗い」とか「深い」とか、色々ありますが、ここでは「高い」という状況において「挑戦する」という課題に取り組みます。それは、ただ単に身体的な挑戦というだけでなく、心の冒険も大事にされます。自分自身と向き合いながら、少しでも踏み出せる勇気を持ったり、挑戦するクラスメイトを心から応援し、サポートしたりする活動を丁寧に行っていきます。上に上っている仲間ためにはしごをかけ命綱を握るのも生徒ですし、下から励ましの声をかけ応援するのもまた生徒同士です。だから、いわゆる度胸試しというようなものとは違います。
2日間の活動のうち、初日は、主にそれぞれの挑戦がしやすい関係の結び直しに当てられます。中1で行った「ローエレメント」の課題がより難しくなったものも行われます。そして、その夜には、2日目の活動内容をどうするか、それぞれのチームで話し合います。チームの中には、高いところが比較的得意な生徒もいれば、苦手な生徒もいます。お互いを尊重しながらも、チームとしてどのようなチャレンジを行っていくのか、彼ら自身がそれを決めるのです。
その夜のミーティングでは、それぞれの心の中にある異なった考え方や感じ方を互いに見合えるようにするために、付箋や模造紙などに書き出したりして、きちんと共有しながら議論していきます。議論の様子を見ていると、発言力のある声の大きな者が自分の主張を通そうとする場面よりも、互いを尊重しながら対話する場面の方が多く、信頼関係を結び直しながら、みんなが納得して活動できる道を探ろうとする作業が中1の頃よりもずいぶんスムーズになっているのが分かります。彼らの成長にPAの効果を感じることがありますね。
価値観の違う者同士が協力して、課題を解決していく感覚を磨き続ける
――「プロジェクトアドベンチャー(PA)」という体験学習を通して、大切にされていることは何ですか。
次重先生:PAは、課題を成功させることだけが目的なのではなく、課題を乗り越えて解決していく過程で、生徒がお互いにどういう力を合わせていくことができるかを大事にした活動になっています。毎年、学年で大事にしている価値をキーワードとして掲げるのですが、今年の中1は、「協力」「尊重」「信頼」を3つのキーワードとして挙げ、「協力するとはどういうことか」「どういうときにどうすれば相手を尊重することになるのか」などを具体的に考えながら活動していきました。
そうした体験を中学1年・2年だけのものとして終わらせるのではなく、価値観の違う者同士が協力して課題を解決していく感覚を、学校生活の中で生かし、ずっと磨いていってもらいたいと思っています。
――「プロジェクトアドベンチャー(PA)」での相互理解や議論を通して成功体験を得ることが、生徒の成長につながっていくのでしょうか。
次重先生:PAでは成功体験もありますが、できなかったこともまた大事な体験です。 必ずできるというものではなく、当然失敗もするし、でもできないことの中でも良かったことがあるし、できないことにも次に生かすにはどうすればいいのかを考えられる良さがある。それに気づくことが大事になってきます。
――体験学習「プロジェクトアドベンチャー(PA)」による生徒たちの成長を、どこで実感されますか。
次重先生:中1がPAから帰ってきたあとに、グループ活動におけるプレゼンテーションが抜群に良くなっていて、お互いを気遣うところが見られたりすると嬉しいですね。中2のPAのあとには、何か困っている者がいたり挑戦しようとしている者がいた時に、積極的に関わろうとする姿が見られたりした時、成果があったかなと思います。
ただ、やはり生徒の中で記憶はどんどん薄れていくので、効果も緩やかに下降していきます。そこをまたいろんな活動で補うことが大切で、そうすることで少しずつ身についていくのだと思います。
普段の学校生活でもうまくいかないこともたくさんありますが、その中でも学びがあるのは、PAのような柱がひとつあり、その意味を理解できるからです。いろいろなことがバラバラになったままではなく、それが結びつけられ、お互いに影響し合って、子どもたちの成長につながる核となる体験として、我々はPA を位置づけています。
PA は、アドベンチャーということで冒険活動でありますが、といってもすごく人工的で安全な冒険です。でも、その体験は現実世界でも生かせると思っていて、生徒たちには決して学校生活の中だけではなく、卒業後も未知の世界に挑戦していくという姿勢を持てるようになってほしいと思っています。

体験学習「ドラマエデュケーション」の学び

演劇創作を通して、他者と関わり、価値観をすり合わせながら問題を解決する体験プログラム

「ドラマ(演劇)」の手法を用いて体験的に行われる教育プログラム。 中学1年の「安全ワークショップ」、中学2・3年の「コミュニケーション授業」の他、各授業でも取り入れられている。 ある状況や場面下に自分を置き、登場人物の身になって感じたり、役割や立場を入れ替えて考えたりして想像力を鍛える。グループで演劇を創作・発表する過程で、他者を見出し、自己の身体やこころを感じながら、価値観の違いを尊重する対話的コミュニケーションの方法や、効果的なプレゼンテーションの方法を体験的に学ぶ。
ドラマエデュケーション<DE>とは・・・
■中学1年「安全ワークショップ」
ドラマの手法を用いて体験的に行われる教育プログラム、中学1年の「安全ワークショップ」の様子
安全ワークショップでは、お互いが安全・快適に過ごすためには、他者とどう関われば良いのか、何が大切なのかを体験的に学ぶ
お互いが安全、快適に過ごすためには、他者とどう関われば良いのか、何が大切なのかを、体験的に学ぶプログラム。グループで演劇を創ったり、コミュニケーションゲームを行う中で、適切な他者との関わり方を体験的に学ぶ。
<中村先生> 学校生活において、生徒たちが明確な意図をもって他人を不快にさせたりするような例はほとんどありません。しかし中学1年生の段階では、無意識のうちに不適切な行動をしてしまい他人に嫌な想いをさせて、時に人間関係のトラブルを起こしてしまうことがあります。自分でも気がついていない無意識の行動ですから、教員がいくら言葉で注意しても同じ失敗を繰り返してしまうこともあります。自分では悪気がないのに他人に迷惑をかけてしまうのです。
「安全ワークショップ」の中では、「自分はこんな風に他人を不快にさせてしまうことがあるのか」のように、自らの無意識が意識化されます。意識化されれば、そのような行動をしないように気をつけることもできるようになりますし、その上でお互いが快適で安全に暮らすためにはどうすれば良いのか考えることができます。
さらにワークショップの後にきちんと振り返りをすることで、これまで以上に互いを気遣い合う意識が生まれてきます。このように中学1年生の早い時期に、お互いが安心して学び合うことのできる学習空間を整えることが、「安全ワークショップ」のねらいです。
■中学2年「コミュニケ―ション授業」
中学2年「コミュニケ―ション授業」の様子
知らない大人との会話、仲間と演劇を創作する体験を通して、コミュニケーションの難しさ、重要性などを学ぶ
初めて会う色々な職業の大人に話を聞き、それを原稿に書き起こして短い演劇作品を創作し、発表するワークショップ。 話を聞く大人は、20代から80代と幅広い年齢層で、地元商店街の方々、看護師、気象予報士、お蕎麦屋さん、俳優、写真家、フリーライター、編集者、通訳、織物教室経営、外車販売、テレビ局勤務など様々。知らない大人との会話、仲間と演劇を創作する体験を通して、コミュニケーションの難しさ、重要性などを学ぶ。
<中村先生> 6名から7名の班に分かれ、初めて会う大人の方と会話をし、そのしゃべり口調のままお話を原稿におこし、それをもとに班ごとに短い演劇の作品を創り発表します。 地域社会がうまく機能しなくなってしまった影響から、現代の子どもたちは、両親や親戚、学校などの先生以外の大人と話す機会が、ずいぶん少なくなってしまっていますので、初めて会う方々とじっくり会話をすること自体とても貴重な経験です。
そのお話をもとに演劇作品を創っていくのですが、そもそも同じ話を聞いていたはずなのに、それぞれの原稿が全然違ったりするのです。印象に残った部分、大切だなと感じた部分が、それぞれ違う。その違いをすりあわせて班で一つの作品にしなくてはいけないので、当然密なコミュニケーションが起こります。 そして、最後にその作品を発表する。観ている人に作品を届けるにはどのような表現が適切か。自分たちの想いをしっかり届けるには、どのような工夫が必要なのか。体験的に気づく機会となります。
演劇を創ったり、発表したりする時、子どもたちは本当に楽しそうです。彼らは、その過程の中で「コミュニケーション能力」にとどまらず、様々なことを楽しみながら体験的に学びとっているように見えます。他人と協働し、楽しみながら表現活動を行う中で、色々な気づきを得られる機会となることも、このプログラムの魅力です。
■中学3年「コミュニケーション授業」
中学3年「コミュニケーション授業」の様子
演劇という身体表現を通して、適切なコミュニケーションの方法、価値観の異なる他者とのコミュニケーション法などを学ぶ
修学旅行の事後学習として行われる演劇ワークショップ。4人の演出家を講師に迎え、旅行先で撮ってきた写真、思い出などをもとに演劇作品をグループで創作、発表するプログラム。 演劇という身体表現を通して、適切なコミュニケーションの方法、価値観の異なる他者とのコミュニケーション法などを学ぶ。
<中村先生> 東京デスロックの多田淳之介さん、ままごとの柴幸男さん、青☆組の吉田小夏さん、範宙遊泳の山本卓卓さんといった演劇界の第一線で活躍されている演出家の方々に来ていただき、修学旅行の思い出をもとにグループで演劇作品を創り発表します。
役者同士が同じイメージを持たないと、成立しない芝居の世界にヒントがあった
――体験学習「ドラマエデュケーション(DE)」を行ううえで、重視されていることを教えてください。
中村先生:一言で言い表すことはなかなか難しいですが、演劇を創作する活動の中で、様々なレベルで他者と関わり、価値観をすり合わせながら問題を解決していく体験ができるかどうか、そういうプログラムになっているかということは、気にするようにしています。例えば、創作活動の最後に必ず観客に向けて発表する場を用意するのも、班員同士が価値観をすりあわせて一つの作品を創るだけではなく、それを観客に届けるためにはどのような工夫が必要か、伝わらないとしたらそこにはどんな問題があるのか考えて、皆でその問題を解決する体験をして欲しいからです。
自分たちで色々と工夫して届けようとした作品がきちんと伝わると、観客は笑ってくれたり、拍手してくれたりします。活動の最後にアンケートをとると「みんなで作った作品を発表して笑ってもらえたのが嬉しかった」のような感想が必ず出てきますが、みんなで力を合わせて創り上げたからこそ、面白い作品ができたという実感が彼らにあるのだと思います。みんなで創り上げた作品が観客に伝わって笑ってもらえた。自分たちの表現に共感してもらえた。それは価値観や個性の異なる者同士が協力することで、ある成果をあげることができたという経験です。「協力して成果をあげることの喜び」あるいは「他人に思いが伝わる喜び」をみんなで体験することは、非常に重要なことだと思います。
――他者とのコミュニケーションやグループで力を出す訓練という意味での演劇の価値とは?
中村先生:演劇は価値観の異なる多様な人間が、限られた時間の中で作品を創っていく営みですが、作品を創りあげる過程では、自分とは異なる考えを持つ他者と意思疎通する必要があります。自分が当たり前だと考えていることが通用しないことが多々起こりますが、それぞれのばらばらな個性を認め合いながらお互いの価値観をすりあわせ、イメージを共有することなしには、作品を創りあげることはできません。
例えば、揺れている船が舞台の芝居を演じるとします。船はどのように揺れるものなのか、船が揺れた時に人はどのような動きをするのか、それぞれの価値観をすりあわせ、全員がそのイメージを共有して動かなくては、そこが揺れている船の上だと観客には伝わりません。もちろん、揺れていることを意識せずにただ突っ立っているような人がその場にいたら、途端に舞台上の船は揺れなくなります。
このように、演劇表現のためには、お互いの価値観を擦り合わせイメージを共有する必要があります。演劇は「価値観の異なる他者とコミュニケーションを取り協働する」ノウハウを、半ば宿命的に有しているのだと思います。
――「ドラマエデュケーション(DE)」が生徒の成長段階に必要なものになっているという手応えはありますか。
中村先生:演劇ワークショップのような体験的な学習は、ある時間内にどれだけ知識を獲得したのかという知識の量で評価できる活動ではありません。獲得した知識の量で評価できるならば、ペーパーテストによって生徒たちがどれだけのことを身につけたのか点数化して客観的に評価することもできますが、体験学習は、最初にもお話したように、活動を通してどのような体験をし、その体験を通して何に気づき、何を学び取ったのかという体験の「質」が大切にされます。そのような体験の質を客観的に評価することは、今まさに研究が進んでいるところだとは思うのですが、まだまだ難しいです。
もちろん、個人的には意義のある活動だという実感もありますし、さまざまな手応えもあります。主体的に自ら学びとろうとする姿勢や、面白がってやってみようという積極性などが、以前と比べて多く見られるようになってきた気もしています。価値観の異なる多様な他者とコミュニケーションを取る術を学ぶことは、これからの社会においてはますます重要になっていくでしょうから、中学生の時にその術を体験的に学ぶことは意義深いことだとも思っています。
いずれにせよ、演劇を創作し発表する過程で経験したことを、今後の生活に生かしていって欲しいと強く思っています。ふとした時に、この経験から得た気づきが何かの役に立つことがあるのではないかと考えています。
それぞれが違った人間なんだということを 体験的に知っている人になってほしい
海城中学高等学校独自の真のリーダーを育成する教育プログラムについて語る中村陽一先生と次重文博先生
――両先生にお伺いします。御校にしかない教育や体験学習を通して、どんな「新しい紳士」に育ってほしいですか。
中村先生:人々の価値観が多様化している現代だからこそ、その多様性を生かせるような人になってほしいと思います。「3人寄らば文殊の知恵」と言いますが、同じ価値観の人が3人集まっても同じ意見しか出てきません。価値観の違う3人が集まるからこそ、いろんな発想が出てくるんです。
カリスマ的なリーダーの価値観に従っていれば、成果を上げられるという時代ではありません。時代の変化が激しい中、組織の強さとしては、これからは多様性を持っている方が絶対に強い。既存の知識、能力では解決できない問題に直面した時、その多様性を生かしながら新しい問題を解決していけるような人、価値観の異なる人の意見やアイディアをうまくすりあわせ、多様な個性を生かすことで、1人では解決できない問題を解決していける人。そんな人になって欲しいです。
次重先生それぞれが違った人間なんだということをちゃんと体験的に知っている大人になってほしいです。人とかかわるということは、相手の気持ちを「きっとこうだろう」と想像することでもありますが、その想像が独りよがりになっていたり、自分の尺度で相手を判断してしまわないように、本当の意味での違いを分わかった上で、相手の立場に立って人との関係を結んでいってもらいたいと思います。
そういう関係が結べた時に新しいものが生まれたり、面白いことが始まったりするということを体感して大人になってもらいたいですね。その積み重ねが世界を変えていくということを、体験学習という意図的に作られた小さなプログラムからでも知ることができると思っています。