海城中学高等学校では、教科の枠を超えて生徒たちが主体的に学ぶ特別講座「KSプロジェクト」が行われています。今回は、全国大会出場を目指し全国ベスト4入りを果たしたKSプロジェクトの講座「俳句甲子園への道~road to Matsuyama~」を取材し、担当されている国語科の本間先生と、全国大会に出場した大熊くんから当講座でしか発揮できない面白さと成長を探りました。
KSプロジェクト「俳句甲子園への道~road to Matsuyama~」
より良い句ってなんだ!? 率直な意見が飛び交うメール句会
より良い句ってなんだ!? 率直な意見が飛び交うメール句会
昨夏の俳句甲子園で全国ベスト4入りを果たしたメンバーは、その後も俳句の質に磨きをかけようと日々精進中。部活も別々で、学年も異なる。それに加え外部講師を招へいしているプロジェクトでもあるため、活動にも創意工夫が必要となる。この日は初の試みとなるメール句会が行われた。事前に1人10句をメールで提出し、全員の句から並選5句と特選1句を、先生を含む全員がそれぞれ発表。その後は、選者が選んだ理由や感想を伝えるほか、疑問や矛盾点、先生からはアドバイスが飛ぶ。「この表現って面白い」「この視点は意外でよかった」「でも、ここはちょっと気になった」「視点がぶれているんじゃないか」「字余りがきいてる」など率直な意見を述べ合いながら、作者も句に込めた思いや情景を伝え、句をより良くしていこうと試行錯誤する時間が過ぎていく。自分の作った句の芯を意識しながらも、仲間の言葉にも素直に耳を傾けられること。人の作品を受け止め、想像し、批評すること。そこでの感動や気づき、もがきや進化が、彼らを次への挑戦へと導いていくのだ。
他人の句に触れ自分の句への批評を
受け止めて思考の幅を広げる
受け止めて思考の幅を広げる
KSプロジェクト「俳句甲子園への道」を
選んだ理由を教えてください。
選んだ理由を教えてください。
大熊くん
中学2年の時に学校全体で応募しているNHK短歌大賞で入賞したんです。今では短歌と俳句の違いを実感していますが、当時はひとくくりに考えていて「軽く作ってもいいんだな。そういうのも面白いな」と思っていました。中学3年で、「こういうプロジェクトを立ち上げるけど、一緒にやらないか」と先生から誘われて去年から参加しました。
実際に俳句を作り続けてきて、表現に対する思いや
自分の感覚が変わったところはありますか。
自分の感覚が変わったところはありますか。
大熊くん
難しさを実感したのは、高校1年生の秋です。高1の4月から俳句を始めたわけですが、先輩のおかげで「俳句甲子園」の全国大会に行けて、それが終わってからも来年の「俳句甲子園」や「俳句大賞」を目標としていたんです。でも、「俳句甲子園」は出されたお題に従って作れば良かったのが、そこから飛び出すと自分で作りたいものを見つけて作らなければならない。そうなると全然作れなかったんです。春夏といろんなことを学んできたつもりでしたが、全然歯が立たないということがわかり、どうやって俳句を作ればいいのかと悩みました。
それを乗り越えられたきっかけは?
大熊くん
今でも乗り越えられたとは思っていないのですが、多少自分の中で見えてきたことがあります。それは他人の俳句を見るということです。他人の俳句に触れると「こういう考え方ができるんだ」とか「こういうふうに表現すればいいんだ」と思えるんです。自分の作品への批評もしっかり受け止めるようになりましたし、句集もよく見るようになりました。そういうところから地道にやっていくしかないなと思っています。
他人の句を批評すること、自分の句を批評されることは、
少し勇気がいりそうですが。
少し勇気がいりそうですが。
大熊くん
今でもちょっと恥ずかしいです。でも、そういう場に集まる人は皆、俳句に真摯に向き合っているんですね。だから、作者を叩くだけの批評は絶対にしないし、その句がどうやったらよくなるかを思って批評するので、むしろ批評された側も「なるほど。ありがとう」という気持ちになれます。
他人の作品を批評するうえで、学んだことはありますか。
大熊くん
他人の句を見ることは自分の勉強にもなって、相手がどう考えているのかを自分の中に取り込むことができます。批評を聞くという点では、自分の句に向けての批評だけでなく、他人の他人に対する批評でも「この句はこういう見方ができるんだ」と、自分の中にはなかった解釈を取り込むことができます。そうやってだんだん自分の作りたいことが見つけられる思考の幅ができるんです。僕はまだ自分の「これが本当にやりたい」というものが見つけられていないので、今でも思考の幅を広げ、いろんな考えを吸収しています。
本音で言うとは何かを実感
そういう場をもらえたことがありがたい
そういう場をもらえたことがありがたい
KSプロジェクト「俳句甲子園への道」の
面白さは何でしょうか。
面白さは何でしょうか。
大熊くん
ここに入って「本音で言うとはこういうことなんだ」と実感しています。やっぱり議論することは怖いと思うんです。傷つけてしまうこともあるし、自分の言っていることが全く見当違いである可能性もあります。でも、この講座の句会には、みんながいい方向にいくんだという全体としてのまとまりがあって、そういうものに引っ張ってもらえます。そういう場所を与えてもらえたのは、すごくありがたいですね。海城という学校自体が、生徒に自由にやらせてくれるところが僕は好きです。僕らにやる気があればついてきてくれる先生がいるし、ある意味暴れようと思っています(笑)。
外部からの専門の先生の参加も、
メンバーから要望の声があがって実現したそうですね。
メンバーから要望の声があがって実現したそうですね。
大熊くん
そうですね。去年の「俳句甲子園」が終わったあと、僕らだけでは限界があるなと早々に思っていたんです。自分たちで自分たちを褒め合うことに終始してしまっているような気がしていたし、去年は高校生7人程度の幅しかなかったこともありました。それが先生たちの参加によって突然でかくなったというか、「そこをそう考えると、この句はよくなるのか」とか「こういう表現をすることが、自分の俳句の上達につながるのか」とか、いろんなことが急に見えてきて、僕らの成長はほとんどこの半年だと思えるくらいです。先生の意見ばかり聞いていても仕方がないので、盗めるところはしっかり盗んで、「その話はわかるけど僕は納得しない」というところは切り落とします(笑)。
KSプロジェクトは授業でもなく、強制でもない有志の集まりですが、そのような場だからこそ学べることはありますか。
大熊くん
この企画以外にも「KSプロジェクト」は生徒が自主的に参加する形のものはいっぱいありますが、僕ら生徒にとってはすごく面白いです。そこでつながりができるのが楽しいですね。例えば席替えで偶然でできるつながりも楽しいのですが、「これがやりたい」というひとつの意志のもとに集まった仲間関係も、バラバラだったものがだんだんとまとまってきて、「俺たちでこういうことをやるか!」となってくるんです。いろんな出会いを提供してくれる場という点でも、「KSプロジェクト」は意義があると思います。
相手の句を尊重しながら
もっと良くしようとする鑑賞が 良い句を生む
もっと良くしようとする鑑賞が 良い句を生む
今年は「俳句甲子園」で全国ベスト4になったわけですが、
振り返ってみてどうですか。
振り返ってみてどうですか。
大熊くん
結構荒っぽいところもいっぱいあったので、決勝リーグまで進出できたことは望外の幸せくらいに思っていますが、指導の先生が入ってくれてからの自分たちの成長ぶりを実感できました。足りないところもあるけれど、ひとまず今年はここまでいけて、来年はもっと上にいきたいなとみんなで話しているところです。
「俳句甲子園」の過去の映像を見ると、高校生同士のディベートのぶつかり合いの激しさに驚いたのですが、そこも鍛えていくのですか。
大熊くん
僕はそれがひとつ「俳句甲子園」の欠点だなと思っています。僕も2年目になってようやく気付いたのですが、「俳句甲子園」は僕らが普段やっている句会の延長線上にあると思うんです。だから、そこで行われるディベートも相手の句を否定するのではなく尊重しながら、その句をもっとよくするという意識があってこそだと思います。今年はかなり改善されて「俳句甲子園」のディベートの質が上がっているといろんな先生がおっしゃっていたのですが、まだまだ僕らの中でも相手の言うことにむきになってしまうところがあります。自分たちが句会でやっていることを相手と一緒にやればいいんだ、もっとゆるく楽しんでいけばいいんだと、今年ようやく学びました。
2018年度俳句甲子園
良いディベートとは何かが見えてきた?
大熊くん
「俳句甲子園」でも良いディベートと言われるのは良い鑑賞で、相手の句をどれだけ引き出して解釈できるかどうかなんです。鑑賞するにはそもそも句が良くないといけなくて、良い鑑賞ができない人から良い俳句はなかなか生まれない。安定して良い句が作れる人はその人が他の人の句を語る時もとても魅力的だし、「この学校はディベートがすごく上手だな、引き込ませるな」という学校は、個人の入選も多く、やっぱり句が上手だなと思います。
この記事を読んで俳句に興味を持つ人もいるかと思いますが、
作ってみたい人へのアドバイスはありますか。
作ってみたい人へのアドバイスはありますか。
大熊くん
俳句は言葉を並べてみるだけでもできるので、5文字置いて、もうひとつ5文字が見つかったら、五・七・五のリズムのうち半分以上は埋まっているわけです。あと7文字好きなことを作ってみると、それで一句できます。そのうえでちょっと頑張ってほしいのは、他の人と一緒にやってみる楽しさを知ることです。そうするとだんだん俳句というものを好きになっていっていきます。自分の持っている何かを表現する方法は人によっては違いますが、自分には俳句があるんだなと思えると、いろんなことがどんどん楽しく見えてきます。人生の眼鏡としてひとつ持っておくと、きっと楽しいと思います。
知的好奇心を刺激することで
思わぬところまで連れて行ってくれる海城生
思わぬところまで連れて行ってくれる海城生
「俳句甲子園への道」は「KSプロジェクト」の講座ですが、
KSプロジェクトという取り組み自体が海城らしいですね。
KSプロジェクトという取り組み自体が海城らしいですね。
本間先生
海城は、「この指とまれ」と差し出したら、けっこうな数の生徒が、その指にとまってくれる学校です。知的好奇心を刺激してあげるだけで、思いもよらない成長を僕たちにみせてくれます。そんな生徒たちを対象にした時に、細かい制約のある既存の講習の枠組みではなかなか実現が難しく、企画の段階で泣く泣くあきらめるという講座もかつてはありました。講座の期間を長く1年間に設定したり、またその逆で短く集中的に行ったり、本校の教員に限らず、広く外部の方に講師をお願いしたりと、フレキシブルな対応を可能にしたのが、昨年度からスタートした「KSプロジェクト」です。
授業で俳句の魅力に気づいてもらう実践については、国語の先生として前々から興味を持っていました。「俳句甲子園」を目指すようになってからも、メンバーには「僕はコーディネーターで、俳句について何も教えられないし、教えていない。出会いや場を提供して、君たちがどんどん成長していくのを横で見て面白がっているだけだ」と言っています。だからこそ、どういう場が必要なのか、どういうタイミングできっかけを投げると効果的なのかに関しては、技術指導ができない分、一生懸命考えてきたつもりです。
昨年の「KSプロジェクト」では「俳句甲子園への道」ではなく、「言葉系外部コンテストにチャレンジ」という名称だったようですが、この変化には理由があるのですか。
本間先生
昨年度は「KSプロジェクト」元年で、国語科としても何か一つ企画を出したいなと。そこで、高校生を対象とした、いわゆる「言葉」を手掛かりとする外部主催のコンテストを洗い出し、そこで海城旋風を巻き起こしてやろうみたいな壮大な野望を持って(笑)、スタートさせました。とっかかりとして選んだのが、ビブリオバトル。自分の読んだ本を紹介し、たくさんの人にその本を読みたくなるようにした者が勝利する書評プレゼンバトルです。僕が今から5年前に本校に導入し、細々と活動してきた企画です。このビブリオバトルの大会に参加するノウハウはすでにあったので、まずはビブリオバトルの大会での入賞を目標に据えたのですが、如何せんこれだけで1年間持たせるのは少しきつい。何か他にないかということで浮上してきたのが、ビブリオと同時期に出会った「俳句甲子園」だったというわけです。うれしい誤算としては、当初の思惑とは異なり、ビブリオよりも俳句の方に生徒がはまっていき、「俳句をもっとやりたい」「2学期以降は俳句メインでお願いします」という声が出てきたんです。
そんな声に対してフレキシブルにできるのも「KSプロジェクト」の良さなので、生徒と話し合って2学期以降も俳句をメインで進めることになりました。「俳句の技術指導をしてくださる方を講師として招聘してほしい」「他校とのつながりができたので、模擬試合、合同句会などを企画してほしい」などと生徒たちから積極的な要望がでてきたのもこの時期です。この流れを受けて、今年度はスタート時点から「俳句」プロジェクトに絞ってタイトルを「俳句甲子園への道」とした次第です。
やらされているのではなく
「俳句をやりたい」という生徒が集まったわけですね。
「俳句をやりたい」という生徒が集まったわけですね。
本間先生
部活ではないので、いろいろな生徒がいます。たとえば、柔道部、水泳部、野球部でそれぞれ活躍中の運動部系生徒もいますし、ものすごい数の文化部を兼部している生徒もいます。メンバーはまさに多士済々、彼ら自身は自分たちのことを「史上最強の寄せ集め」などと言っています。
一歩踏み出さないとできない経験をして
たくましくなった生徒たちはまぶしすぎる
たくましくなった生徒たちはまぶしすぎる
俳句がメインの講座になって、「俳句甲子園」では全国ベスト4に入ったわけですが、そのなかで本間先生が生徒たちに学んでほしかったことは何でしょうか。
本間先生
僕は国語の教師なので、自分の内面にある思いや気持ちを表現する術はたくさん持っていた方がいいと思っています。その意味で、俳句や短歌は重要な表現ツールだと思っていて、それをひとつ与えてみて、表現したいものが表現できた時の喜びを味わってもらいたいと思いました。また一方では、表現ツールが与えられても「そう簡単に表現できるのものではない」ということを、思い知らせてやろうというところもありました(笑)。僕も国語の先生になるくらいなので、自分でも表現しようと思った過去があって、それがうまくいかないという経験もしています。
実は本校のような進学校の生徒は、失敗したくないという怖さがあって、それでブレイクスルーが起きづらい部分もあるんです。でも、そこを乗り越えた先にこそ面白さがあるんですよね。このプロジェクトにおいても、お互いの句を批評し合う場の空気は、最初どこかぎこちないんですけど、ただある瞬間から風向きがガラッと変わったりするんです。それは互いを認め合う信頼ベースでの批評活動になっていることを皆が理解した瞬間だったんでしょうね。批評は、相手のアラをつくことではなく、お互いを高め合うために行うものなんだということを彼らは経験をもって理解しています。意識高い「系」ではなく、本当にこの子たちは意識が高いなと感心しています。今の彼らは僕たちにとってまぶしすぎます(笑)。
外部の講師はどういう方々ですか。
本間先生
生徒から定期的にきちんとした俳句の指導をしてもらいたいと声があがり、俳句甲子園のOGでプロの俳人の佐藤文香さんに相談してみたところ、現在首都大学東京の大学院で俳句の研究をされている福田若之さんと早稲田大学2年生の柳元佑太さんを紹介していただきました。お二人とも高校生の頃、俳句甲子園の全国大会で活躍され、現在も旺盛な創作活動を続けておられます。福田さんは昨年、第一句集『自生地』を出版されて与謝蕪村賞を受賞されました。柳元さんは学生俳句会や俳句結社「澤」に所属され、大学2年生ながら活躍なされています。またうれしい偶然ですが、今年度、国語科の非常勤講師として着任した安里先生も大学生の頃から新人賞などで活躍され、俳句甲子園に出場する高校をサポートしてきた方でした。今はこの三本柱で技術指導をやっていただいています。ディベートや句一つ一つのクオリティは例年に比べても飛躍的に伸びていて、練っている時間や推敲するためのアドバイスも今までとはまるで違う形になっていますね。
企画を投げると思っている以上に
面白がるのは彼らの才能
面白がるのは彼らの才能
「俳句甲子園」が終わった今の時期は、
どういったことに取り組むのですか。
どういったことに取り組むのですか。
本間先生
「俳句甲子園」で勝敗を分かつのは、言葉を駆使してディベートで相手をねじふせることでは決してなくて、結局は作った句の質の高さに尽きるということに気がつきました。採点方法も鑑賞点というディベート評価のポイントよりも、句そのものを評価する作品点の方が高いことからもそれは明白です。ハイクオリティの句をきちんと揃える、その王道に行き着いたということでしょうか。このプロジェクトもかなり王道をしっかり歩む形になってきたと思います。「良い句」とは何か、先行する名句に学ぶ機会を得たり、句会を頻繁に行い、句を鑑賞する経験を積んだりと地道な努力を続けています。誠実に一歩一歩着実に、それでいてどこか楽しそうに、の彼らをみるのが僕たちの楽しみでもあります。
次の段階にいっているんですね。
本間先生
僕は面白がることって才能だと思うんです。その意味においてウチの生徒はタレント揃いです。「KSプロジェクト」のようなことができるのは、こうした生徒たちのおかげだと心から思っています。「こんな感じでやってみたら面白いんじゃないかな」といった見切り発車的な企画でも、必ずこちらの期待以上の成果を出してくれるのが海城生です。「俳句甲子園」も今夏の出場で3年連続の出場となりましたが、毎年僕たちの予想をはるかに上回る成長を彼らは見せてくれます。全国大会終了後、僕は生徒たちに「松山に連れてきてくれてありがとう。今年もワクワクドキドキさせてくれてありがとう」と感謝の気持ちを伝えることにしています。来年度もまたあの松山の地で、感謝の意を生徒たちに表したいと思っています。