教科の枠を超えて生徒たちが主体的に学ぶ、海城中学高等学校独自のプログラム「KSプロジェクト」。生徒たちの意欲に圧倒された「俳句甲子園への道」「ITプログラミングキャンプ」に続く取材は、「イマ・ゼミ!~SDGsを越えろ~」の活動の一つ「災害ボランティア班」です。教室での講座の様子と、担当の関口先生から「イマ・ゼミ!」の活動を探ります。
「イマ・ゼミ!~SDGsを越えろ~」とは?

2017年1月に発足。SDGsについて学び、行動し、ワークショップの開発やシンポジウムなどに参加する活動後、2019年度からは日本の今の課題を知り、将来をイマジネーションする「イマ・ゼミ!~SDGsを越えろ~」に進化。男子校だからこそできるジェンダー意識向上のための啓発活動を行うジェンダー班、象牙問題を考えるワークショップ教材を開発する象牙班、海の漁業資源の問題について考えるワークショップ教材を開発した寿司ゲーム班、各地の災害や復興のボランティアに参加する災害ボランティア班が活動中。

【Class Report】イマ·ゼミ! -災害ボランティア-
課題に向き合い、解決手段を追究するイマ・ゼミ
ワークショップの教材用に「本日の問」を考える
本日の問

雑魚寝状態の体育館での健康面の課題は何か。
その予防に向けて採るべき解決手段の方法の候補を並べ、選択し、実装せよ。
その際、予想される避難民の反発等の混乱も想定し、その解消法も併せて考えよ。

各地の災害・復興ボランティアに参加して課題や解決方法、ワークショップを考える「イマ・ゼミ!」の災害ボランティア班。この日の参加は、災害ボランティアを体験している中学2年から高校1年まで12名の生徒たち。災害現場での課題に対する解決方法や問題の解消法をグループに分かれて考える。 今後、災害ボランティアのワークショップを作っていく予定で、災害ボランティアに行って経験したことや感じたことを疑似体験するワークショップの教材用に、生徒たちは2グループに分かれて「本日の問」を考え始めた。
課題を整理して解決手段を考える
30分が経過して、関口先生が各グループの意見を集約していく。健康面の課題として、プライベート空間がない、エコノミー症候群、冷暖房、トイレ、夜の光害などがあがるが、関口先生は「健康面の課題は何なのか?」と追求。「プライベート空間」が課題ではなく、「プライベート空間がないことでのストレスによる体調不良」が課題であり、議論しながらもっと課題について情報を整理して、現地で避難所の人たちを納得させるためにはどうすればいいのかという解決手段までを考えることが「今日の問」だと促す。 ボランティア体験に縛られるのではなく、体験を踏まえて出てきた考えが課題解決に役立つのか、皆が納得できる根拠があるのかをもっと慎重に調べて考えよう、という関口先生の提案でさらに議論の時間が15分追加された。
体験による知識だけでなく柔軟な発想や行動、情報共有を
後半になると、生徒たちから少しずつ具体的な考えや対策が出てきた。しかし、関口先生はもう一歩先を期待したいようで、体験からの自分の判断が正しいとは限らないこと。それを専門家に聞こうという柔軟な発想や行動の必要性、情報共有の大切さを訴える。 生徒たちの体験から出てくる考えは興味深かったが、これを教材にしてワークショップを作ろうとする「イマ・ゼミ!」にとって、目標はこの程度ではないらしい。課題解決力、思考力、発想力、交渉力などさまざまな力を鍛え、それを現場で実際に活かすことができるのか。そこまで考えるのが「イマ・ゼミ!」なのだろう。これらを踏まえて完成するワークショップがどのようなものになるのか期待が高まる。
「イマ・ゼミ!~SDGsを越えろ~」の活動記録
Teacher Interview
イマ・ゼミ!~SDGsを越えろ~担当
理科教諭 関口伸一先生
課題に向き合う力
問題に向き合い続ける力を養う
KSプロジェクト「イマ・ゼミ!」の目指すところを教えてください。
関口先生

世の中には解決できない問題がたくさんあります。例えば戦争の被害にあった方、公害にあった方、先の原発事故にあった方など、苦しんでいる方がいる限り「解決した」という線引きはできない。放射能が問題であればそれを除去する対策は必要ですが、一方で苦しんでいる人がいるならば寄り添い続けられることこそ重要になってきます。そうした社会の課題に向き合う力、問題に向き合い続ける力を育てたいという思いが一番強いです。

寄り添い続けながら課題に向き合うというのはなかなか難しそうですね。どのようにしてその力をつけていくのでしょうか。
関口先生

生徒が向き合いたい課題にフォーカスしていろいろやっています。まずは向き合うために課題を知ることから始めます。  現地に出向きその課題は何が問題になっているのか、苦しんでいる人たちがどういう思いなのかを知る。そして、問題解決に向けて頑張っている人から刺激を受けて、「この問題をもっと世の中の人に知ってもらい、意識を変えるためにこういうイベントをしてみよう」とか、「こういう問題解決方法なら自分にもできるからやってみよう」ということを見つけて、課題に向き合ってもらいたいと思っています。

今日の「イマ・ゼミ!」の災害ボランティアの講座では、体験に満足するのではなく、現場で本当に必要なことまで考えていて驚きました。
関口先生

体験は、その場所に行ったことでいろいろな空気感を感じるので、課題解決の動機付けになります。ただ、自身の体験で見知ったことだけが“絶対“ではない。「こういう苦労があったんだな」と気づいたとしても、それが問題解決のうえで本当に必要なのか。客観性を持たせるためには、他の資料にあたることや専門家に聞くことも大切になってきます。

それを、最終的に現場でどう判断して、行動できるかですね。
関口先生

現場では、正しい情報や科学的根拠に基づいて話ができて、動けなければいけない。個人の価値判断だけでやった時の危険性はとても高いんです。判断する場合はいろいろな意見を募り、自分の意見が正しいのか客観的な情報で捉えることが大切です。直感が大事な時もありますが、それだけではないことも知ってもらいたいです。

もっと身近にある問題に
目を向けるべきじゃないか
もともと「イマ・ゼミ!」は「SDGsゼミ」だったそうですね。身近な課題解決にシフトされたところには、どのようなお考えがあったのですか。
関口先生

最初に SDGsをやるようになったきっかけは、僕がボルネオに行ったことでした。熱帯雨林を見に行ったら、アブラヤシ・プランテーションが広がり、熱帯雨林がどんどん減っていることを知ったんです。 もともと私は生徒たちを連れて環境保全のボランティアもやっていましたので、どうやったら熱帯雨林を守れるのかと考えたんです。でも、アブラヤシ・プランテーションから作られるパーム油は私たちの生活に植物油脂という形で入って広まっている。パーム油が売れると国は経済的には潤うわけで、その意味では現地の人の生活もあるし、国の発展もあるので、全体で考えなければいけないと思ったんです。 生徒たちも、自分たちの食生活が熱帯雨林の減少につながっていることを伝えるためにシンポジウムを企画したり、いろいろなイベントもやり、それらをSDGsと関連付けていたのですが、ただ啓発活動をするだけで人が本当に変わるのかと考えだしたんですね。

生徒たちにも変化はありましたか。
関口先生

生徒たちからも、「自己満足で終わっているのではないか」という声が出てきました。「SDGsの提案はほとんどが先進国的な考え方で、発展途上国は今のまま持続されたら困る」「SDGsは一つの価値観への収束ではないか、それはちょっとおかしいのでは?」と。それだったらSDGsに捉われることなく、もっと身近にあるいろいろな問題に目を向けるべきだと考え、今に至っています。今あることをきちんと知り、未来をイマジネーションするという意味から「イマ・ゼミ!」になりました。

KSプロジェクトは自由参加ですが、「イマ・ゼミ!」に集まってくる生徒に個性や特徴はありますか。
関口先生

いろいろな社会課題が知りたいという気持ちが強く、社会のために活躍したい、自分を変えたいと思っている生徒が多いですね。災害ボランティアの場合は、一度参加すると自分の活動幅やボランティアの大切さがよくわかるようで、必ずまた行きます。外部の人たちとつながることで刺激を受け、そこから成長していくようです。

世の中の課題に答えはなく
それに取り組み続けることが大切
「イマ・ゼミ!」は3年目とのことですが、今後取り組んでみたいことはありますか。
関口先生

災害ボランティア班なら、彼らの作ったワークショップを体験した他校の生徒が実際にボランティアに行くようになったとか、避難所の中でロールプレイをやって救われたという人が出てきてくれれば嬉しいですね。実際に行動してくれる人が増えるような教材を作って広めていきたいです。

関口先生が「イマ・ゼミ!」に取り組まれていて、海城生だからこそできると実感されることも多いのでは?
関口先生

生徒に任せた方がはるかに良いものができると思っています。教員は環境整備や論点の整理をしていくだけでいいですね。彼らはすごく能力を持っているので、そうすれば独自なものができると思います。 反対に課題としては、生徒たちは模範解答を求めがちです。解答が与えられればそれを解くために大事なことを見出す能力はあるのですが、本当に大事なことは答えがない世の中のさまざまな課題に取り組み続けることなんです。闇雲に取り組むのではなく、根拠に基づきながら取り組む。そのことを大事にしてほしいですね。