自ら考え行動させる力を養う教材は、そのまま海城中高の教育の方向性に直結。海城がどのような教育を行っているのか? その片鱗を知るにも最適なコンテンツです。
未来の教室 STEAMライブラリーVer.1
目次 -CONTENTS-
01
STEAMライブラリー
海城制作コンテンツについて
INTERVIEWEE
中田 大成先生
校長特別補佐/入試・広報室室長/ICT教育室室長/国語科教諭
関口 伸一先生
グローバル教育部/理科教諭
「STEAMライブラリー」制作に海城が関わった経緯
体が動く教育をやってきた
海城だからこそ作れる教材
中田先生
未来の教室のプロジェクトは、2018年1月、経済産業省の中に「未来の教室とEdTech研究会」が発足したのと同時に開始され、同研究会は早くも同年6月には第一次提言を出します。1年後の2019年6月の第二次提言では、オンライン配信できるSTEAM(*1)を統合した教材を、民間企業や大学の研究機関が事業主となって作り、学校現場に提供することが発表されます。
この研究会に、デジタルハリウッド大学(海城のICTインフラ整備や情報教育の助言者でもあるOBの杉山知之氏が学長)の大学院教授である佐藤昌宏氏が参加されていたので、「未来の教室」の動きについて本校は早い段階から把握していました。ただ、企業や大学の参加が中心であると聞いていて、我々の出る幕はないと思っていたのです。
ところが、2019年10月の長野県千曲川水害の後に、経済産業省の浅野大介氏(サービス政策課長・教育産業室長)が、タスクフォースとして災害の現地支援に行き、そこで生じていた問題をFacebookにあげられているのを読みました。要は避難所に支援物資が届けられても、避難民同士や行政との意思疎通がうまくできず活かせられない、臨機応変に課題に対応することができていないという現実に遭遇し、「中高生の頃から災害を想定した学習をさせておかないと、災害時に物資や人が集まっても機能しない」という内容でした。
それを読んだ時にこの課題であれば、本校がこれまで取り組んできた体験学習プログラム「ドラマエデュケーション」(*2)や、災害ボランティアに出かけていたKSプロジェクトの「イマ・ゼミ」(*3)といったリソースを使って、我々独自の協力ができるのではないかと考えました。
我々は体験学習を中心に、頭で理解するのではなく身をもって学び、いざというときに体が動く教育を、この15年ぐらいの間やってきました。併せて「イマ・ゼミ」をやっている関口先生は生物の教員で、生態や環境保全だけではなく、毎年子供たちとボランティア活動の一環として稲作にも取り組んでいますので、農業と生態系保全の教材にも対応できると考えました。
その後、2020年8月に「未来の教室」事業として「STEAMライブラリー」の公募が正式にあり、本校もエントリーしました。新型コロナウイルス感染症対策の影響もあり、採択の決定はかなり遅れた10月の末でした。エントリーする段階で詳細は固めていましたが、実際にそれを作るとなると「完成するのか?」と心配するほどハードでした。
ただ、結果的に教材を見ると、本校の教員が持つ非常に高いポテンシャルを発揮したものになったと思います。各先生の人脈や実績を活かし、いろいろな人達から協力してもらえたことが、今の本校の財産だと感じました。
- *1 STEAM Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Arts(人文社会・芸術・デザイン)、Mathematics(数学)の頭文字からの略称。これらを統合した教育手法をSTEAM教育という。
- *2 ドラマエデュケーション ドラマ(演劇)の手法を用いて体験的に行われる中学での教育プログラム。ある状況や場面下に自分を置き、登場人物の身になって感じたり、役割や立場を入れ替えて考えたりして想像力を鍛えていく。グループで演劇を創作・発表する過程で、他者を見出し、自己の身体やこころを感じながら、価値観の違いを尊重する対話的コミュニケーションの方法や、効果的なプレゼンテーションの方法を体験的に学ぶ。
- *3 イマ・ゼミ 教科枠を超えた生徒自主参加の学びの場「KSプロジェクト」内の講座。日本の今の課題を知り、将来をイマジネーションするために様々な活動を行い、その中の一つに災害ボランティア班がある。
「防災教育~災害に対してどのように向き合うか~」制作の原点
事前に知識や心構えを学べば
ボランティア参加のハードルは下がる
関口先生
温暖化が進行して今後災害が頻発するだろうという今、身近に災害が起これば皆が「何かできないか」と考えますが、知識や心構えが準備できないと、災害ボランティアへの参加のハードルはなかなか下がりません。
私自身、被災地に行って災害ボランティアとして活動する中で、いろいろな能力の必要性を感じてきました。例えば災害ボランティアは見知らぬ人同士がチームを組んでミッションをクリアしなければならず、リーダーを支えるフォロワーシップも大事になります。被災された方への配慮も必要です。
ただ、私がそうした被災地の状況や経験を生徒に伝えると、「そういうものなんだ」と心の準備ができるようで、生徒が災害ボランティアに参加するようになったのです。その経験から、この教材を通して一人でも多くの中高生が災害ボランティアとして活動するうえで事前の知識や心構え、被災地の実態を学び、自分から率先して災害現場へ行って活躍してもらえればと考えました。
中田先生
「防災教育」後半での体験学習を演劇的にやる手法では、特に本校のオリジナリティを出したいと考えました。それは本校で15年間「ドラマエデュケーション」という体験学習のプログラムを、主として平田オリザ(*4)門下の方々と協同してやってきた経験とノウハウがあるからです。数年前から一緒にワークショップをやってきた沖縄の劇団ともコネクションがあります。そういう人脈やネットワークを最大限に生かして、他の事業主にはできないものをやってみたいという思いはありました。
それは、これまで私たちが経験を重ねてきたからこその自信からです。体験学習を演劇的にやるために、リサーチを重ね、自分たちでいろんなところに出かけていって芝居をやったり、ワークショップをやったりしたことが背後にあり、それを活かせば独自のものができると確信していました。
- *4 平田オリザ 日本の劇作家・演出家
「農業と生物多様性の保全を両立するには?」制作の原点
生物と農業の両立と
社会をどうつなげるか?
関口先生
2008年から「トトロのふるさと基金」(*5)で、40年以上放置されていた休耕田を田んぼに戻して、周りの雑木林から得た肥料を使いながら稲作するという循環型農法に、海城の生徒たちを連れて参加してきました。3年ほど前にWWFジャパン(*6)の方から問い合わせがあり話をしたところ、「水田の周りの生き物を守りながら米づくりをしている九州での取り組み」を見に来ないかとお誘いを受けたのです。
その後、スタディツアーとして生徒たちも連れて九州へ行くというWWFジャパンとの取り組みが始まりました。WWFジャパンの取り組みは自然と共に農家のことも考えて、両立するような形のものにチャレンジしていました。それがSDGsで言われている持続可能な農業であり、農業自体の発展もあります。
実は、生物を教えていても「自然環境の劣化」、「絶滅危惧種」といった環境保全に関わる言葉は授業に出てきますが、それをどうすれば解決できるかまでは学ぶことがあまりありません。こうした中、農業と生物の両立における課題をクリアしようとするWWFジャパンの取り組みがあり、これこそが生物と環境保全と社会をつなげる良い教材になると考えました。
- *5 公益財団法人トトロのふるさと基金 「となりのトトロ」の舞台のモデルの一つと言われる埼玉県と東京都の都県境にある狭山丘陵の自然環境保全を中心に、里山管理活動、調査研究活動、普及啓蒙活動ほかを行う。
- *6 WWFジャパン 世界約100カ国で活動する環境保全団体。地球上の生物多様性を守り、人の暮らしが自然環境や野生生物に与える負荷を小さくすることによって、人と自然が調和して生きられる未来を目指す。
教材制作においてのコンセプト
知識獲得だけに終始せず
正解がない問題と向き合う力を
中田先生
「未来の教室」の基本的なコンセプトとして、協働し意見を出し合いながら課題を解決していく形の学びを重んじているので、一斉講義形式で知識を獲得させるだけの教材ではいけないと思っていました。
ただ、知識の獲得とそれを応用して活用することは、完全に分離しているわけではありませんから、「防災教育」の前半部分では最低限必要な知識について専門家の先生にわかりやすく話をしてもらって、それを題材に考えさせるという作りにしました。
関口先生
自分たちの持ち味は、生徒を知っていて生徒目線があるということですから、「農業と生物多様性の保全を両立するには?」の動画制作の中では、中高生の立場や目線で質問をして、中高生に対して答えてもらうという形にこだわりました。そこは強みのひとつになっています。
もう1点、今回の「STEAMライブラリー」は、答えがない問題を取り上げています。教材内で話す人たちも完璧な答えを知っているわけではなく、農業と生物多様性の両立のために、今チャレンジしていることや大事にしていることを話してくれているだけです。
いろいろなステークホルダーの考え方を知って、その中で一部、妥協も含めて最適解は何なのかを見出すことを、中高生のうちから考えておくと、社会の見方も変わり、社会に出てからもきっと活躍できる。こうした視点で、正解がない問題に向き合うことに力を入れて教材を作りました。
「STEAMライブラリー」の海城へのリターン
次なる可能性のための
ノウハウを獲得
中田先生
「STEAMライブラリー」はこれで完結するわけではありません。「STEAMライブラリー」は経済産業省が全国の子供たち向けに作っているわけですが、今後、本校の共有財産として、「海城ライブラリー」のようなデジタルコンテンツを作ることができる可能性もあると感じています。
昨年の一斉休校下で、先生方が力を合わせてオンライン教材を作り、遠隔学習を行いましたが、そうした個別に作ったレベルの高い教材を、共有教材にできると思ったのです。本校は全教室にプロジェクターが設置され、昨年の2学期以降は中学生も含めて生徒全員が1人1台のデバイスを持つようになりました。
そうしたICTインフラ整備の次なる可能性のためのノウハウを、「STEAMライブラリー」の制作で獲得できたと感じています。経験した学びは大きく、本校の教育のさらなる充実化、発展に活かしていきます。
関口先生
海城の中にも自分から探究をやりたいという生徒はいます。「イマ・ゼミ」でもビジネスプランコンテストに出て賞をいただいた生徒や、来年度は世界史や理科を合わせた形の学びがしたいという生徒も出てきました。
ただ、モチベーションの高い生徒は、自ら課題を見つけてどんどんやっていきますが、中にはきっかけが必要な生徒もいます。こうしたきっかけを与える際に「STEAMライブラリー」のような教材が活きてきます。
「防災教育」や「農業と生物多様性の保全」で専門家の話を聞き、おもしろいと感じたところからスタートする。全員が利用することで、そうした最初のきっかけを得てもらえればと思います。そして学内で探究に取り組む流れを作り、生徒が社会課題や自分の興味あることを調べてくれると良いですね。
中田先生
「STEAMライブラリー」には、63のコンテンツができています。企業でなければできないものもありますから、使えるものをうまく使って、中学までの総合学習や探究学習とは違う高校段階での学びを切り開いていければと考えています。
本校から今年も多くの現役生が東京大学に合格して、ともするとそればかりが注目されがちですが、実は生徒たちにはそれぞれ関心分野があって、自己実現のために幅広い大学にチャレンジしていて、全方面で好結果を出してくれています。
これまでは、ある特定の大学の合格者数だけを見て学校を判断する傾向がありましたが、今はそういう時代ではないと思います。去年ハーバード大に合格した先輩に火をつけられて、海外の大学にチャレンジしていく生徒も出てきています。
そういう従来型の価値観ではない部分で比較・評価して、そこに海城の良さを感じてもらえるような保護者にお子様を預けていただいて、価値観を共有しながら一緒に教育をしていきたいですね。そういう意味では今回の「STEAMライブラリー」の2つのコンテンツで、「海城はこういう教育をしているんだ」ということを非常に象徴的な形で示すことができたと思います。
目次 -CONTENTS-
02
防災教育
~災害に対してどのように向き合うか~
解説【前半編】
防災の知識を得るとともに、
今、何をすべきかを考えるきっかけに
INTERVIEWEE
中田 大成先生
校長特別補佐/入試・広報室室長/ICT教育室室長/国語科教諭
「防災教育」教材前半4コマ 制作意図 多面的なアプローチで防災を学ぶ
中田先生
「防災教育」の教材動画は9コマで構成しています。前半は、被災地や避難所で生じる問題について現場を知るピースボート災害支援センターの方の話からスタートさせました。そして、日本列島で生きていくうえで宿命的に逃れられない地震災害に対して、我々の先祖がどのようなふるまいや態度をとってきたのかを確認することによって、この教材に取り組むための動機付けを行います。
また災害について一定の科学的知識を得ることが必要だと考え、災害が起こるメカニズムや現場で生じること、時間系列の中で起こる変化をきちんと学べるように組み立てて、後半につなげています。
2コマ目「古典など文献から見た日本の災害」について
古典から学ぶ
災害時の人の振る舞いや心構え
中田先生
古典の専門である私は、2コマ目の「古典など文献から見た日本の災害」を担当しました。日本列島に生きるうえで逃れられない地震災害における昔の人々の振る舞いが、古典(鴨長明「方丈記」)の中にどのように記されているかを確認することで、今後災害に対して取るべき態度を考えます。
地震の研究の中には、歴史地震学というものがあり、歴史学や国文学で蓄積されてきた資料を活用して、どの程度の頻度でどのあたりの場所で地震が起こるのかを研究しています。そこで、子供たちにも地震について古典や歴史学から考えるという視点を提供したいと考え、「【古代中世】地震・噴火史料データーベース<β版>」を紹介しました。
このデータベースは地震研究者と情報学の専門家たちで作っていて、歴史的な資料を簡便に検索できます。発展課題③ではこれを使って、古今和歌集の中の1句が実体験に基づいた表現ではなかったかという学説について調べてもらいます。そうすると、2011年の東日本大震災までに東北で2回地震があったことをにおわせる資料が出てきて、比較することで大まかな地震の発生間隔をつかむことができ、歴史地震学の雛形を示すこともできるのです。
その前の発展課題②は、特に私のやりたかったことです。「方丈記」に記されているのと同じ地震に関する古典作品を見ると、災害の受け止め方はそれぞれ微妙に違います。大きく分けると鴨長明以外の人は、自分たちで理解できないようなことが起こると、たたり神や怨霊信仰など、何らかの合理化をしていきます。
しかし長明は世の中に溢れている不条理や理不尽なものに足をとらわれず、すべてを「そういうものだ」と引き受けて前へ進んでいこうとしています。そういう生き方を、発展課題として最終的に考えてもらえれば、この予測がつかないコロナ禍にあっても、萎縮するだけではなく、科学的に探究すると同時に、不条理・理不尽な現実もあるがままに引き受けて前に進んでいくんだという心構えを持てます。
単に知識を得るだけで終わっては意味がなく、長明という人が合理化しないスタンスで物事を引き取ろうとしたのはなぜなのか、そこにある可能性は今を生きる我々にどういう形で活きてくるのかを考えなければ、趣味人の勉強で終わります。それではいけないと考えました。大きな変化の時代の心構えまで、できれば普遍化して考えてほしいと思います。
3・4コマ目「災害をもたらしうる地震現象のしくみ・洪水現象のしくみ」について リアリティある実験で知る地震や洪水
中田先生
3コマ目の「災害をもたらしうる地震現象のしくみ」、4コマの「災害をもたらしうる洪水現象のしくみ」については、地学の佐々木が担当しました。最新の知見に基づく解説を、地震研、防災研、筑波大や気象庁の研究者にできるだけわかりやすくしてもらった上で、それらの研究に繋がっていくような基礎的なテーマについて子供たちが実感できるような実験に落とし込み、肌感覚で理解ができる授業にしています。
洪水につながる雨が降るメカニズムと、地上に落ちてきた水が河川の氾濫をどういう形で起こすのかという実験は、子供たちが試行錯誤しながら調べることができるものになりました。実際に水を流して土砂の変化を再現する実験はわかりやすく、それをコンパクトにしても実験が可能だと提示していて、受講して関心を持った研究テーマで具体的に実験をやってみようという形に誘導しています。
他の事業主の動画と比べると、学校の現場の先生が作ったものであることが特徴になっていて、子供たちが納得でき、触発される内容になりました。
「防災教育」教材を制作しての思い
新しいレールを敷くことにチャレンジする
メンタリティと素養を中高の間に育てたい
中田先生
「未来の教室」は非認知スキルの向上を目指しているのだと思っています。これまでの日本の教育の中心には答えにいかに早く正確に到達するかという学習がありましたが、これからは新しい価値を作っていかなければいけない。そうすると、答えが想定されていない課題に立ち向かいそこで試行錯誤することや、答えが出てこない中でも耐えられるメンタリティが必要になってきます。
先日、新しく起業を考えているという東大に行った卒業生が来校して、「敷かれたレールの上をいかに要領良く進んでいくかという学習や人材は一定数必要だが、その価値は確実に下がっている。自分たちは新しいレールを敷くことにチャレンジする生き方をしていかなければいけないし、そういう人材を母校でも育ててもらいたい」と話してくれました。
それは日本という国が今の時代において必要としている方向性です。新しいレールを敷くことにチャレンジしていくメンタリティと素養を中高の間に育てたい。その思いを「STEAMライブラリー」の教材には託しました。
「防災教育」教材に関しては、将来に向けてというよりも、今、どう物事を考えればいいのか、何を備えればいいのかと、自分たちが置かれている今を振り返る一つのきっかけにしてもらえればいいと思います。
そして、「STEAMライブラリー」を通して、知的な喜びを味わってほしいです。探究とは本当に面白く、人とつながることによってさらに勉強したいと思い、刺激を受けて、自分自身も開かれていきます。一度そういうドーパミンが出ると放っておかれても探究するようになるでしょう。
本校では30年前、東大に多くの生徒が入学するも、入学後留年する生徒の数も多いと指摘されたところから、そうではない生徒たちを作ろうと学校改革に取り組んできました。東大の合格者数よりも、新しいレールを敷くような生徒たちをどれだけ輩出できるかが本当の勝負です。
「この社会を変え得る創造力と確かなパブリックマインドを持った生徒を作るんだ」という30年前の初心は忘れません。「STEAMライブラリー」においても、そこはぶれていないと思っています。