「数学」という教科にどのような印象を持ちますか? 得意、苦手、答えが明解…など様々なこたえが返ってきそうです。海城中学・高等学校のHPでは数学科が以下のように教科紹介されています。
数学が得意な生徒にとっても、難しくてなかなか解けない問題は存在します。そういった難しい問題に出会ったとき、興味をもって粘り強く考えていけるような、いわば“意欲の源”を育むことが大切であると私どもは考えます。
ときに、意欲の落ちた生徒から、「数学をなぜ学ぶのですか?」という問いかけを耳にすることがあります。これに対し、各担当者が明確に自己の意見と信念を述べつつ、お互いに考えた上で、質問者が納得し、意欲を再び取り戻せることを指導の目標の一つとしております。
元来、数学はその存在自体に価値があり、美しいものでもあります。言うなれば、数学の“崇高なる美”を感じる心を中学・高校において育みたい、そして、もっと知りたい、探ってみたいという探求の心が、数学学習における原動力となり、自立した学習ができるように願ってやみません。
(引用:Webサイト海城中学高等学校/海城の教育/各教科紹介「数学科」より一部抜粋)
「意欲の源を育む」「数学の“崇高なる美”を感じる心を育む」ことを目指す海城の数学。ここで学んだ海城生には、彼らにしかわからない「数学」のイメージがあるのではないでしょうか。海城生が数学科の授業を通して、何を得て、どのように育つのか。数学科の11名の先生に集まっていただき意見と信念をうかがい、さらに校内の数学活動や数学を愛する生徒にも話を聞きました。
数学オリンピックへの挑戦は、中2で「ジュニア数学オリンピック」の予選を受けたことが始まりです。先に受けていた兄の影響でした。高2での結果が、今の「国際数学オリンピック」日本代表につながっています。僕は数学が好きだし、得意だし、自分の力を試してみようという思いもありますが、単純に楽しいことが「数学オリンピック」への意欲につながりました。
(※林くんは2023年夏の国際数学オリンピックで日本代表である6人の内の1人として銀メダルを獲得しました)
海城に入った中学生の頃から「数学が好きだな」と思うようになりました。きっかけの一つは、中学の数学の授業で、純粋に数学を学べたことだと思います。例えば中1の数学Bの授業では、一つの公理からどんどん考えを広げていく面白さを感じました。それまでの算数にはそういうことがなかったので、「数学ってこういうもんなんだな、何か面白いな」と思った記憶があります。中2の確率の範囲では、校舎の二階から目薬を落としてみんなでその確率を確かめましたが、正しいかはさておき楽しかった覚えがあります(笑)。中学生の頃は問題も数多く作っていて、解くのも作るのも楽しく、より面白い問題を作ることに夢中になりました。
高校に入ってからは受験を意識した授業になりますが、「こういう問題には実はこういう背景があるんだ」といった大学の範囲まで教えてくれる先生がいて、数学好きの僕にとってはありがたいです。
海城では「この問題の本質はこういうことなんだ」とか、その理由や意味などもしっかり教えてくれます。計算するだけ、答えを出すだけの数学は、やっぱり面白くないです。
数学は、答えが一つしかないところがいい(笑)。極端な話をすると、国語は人によって異なる考え方によって答えも違いますが、数学は年齢も国籍も関係なく、誰がどんなやり方をしても同じ答えにたどり着けるところがいいんです。
僕自身は、高校生活を数学オリンピック対策にかけてきて、その成果が「国際数学オリンピック」代表という結果に表れたことは、努力が形になったという自信になりました。それは今後も支えになります。ただ、数学が得意な人は「数学オリンピック」で成果を出さないといけないという思い込みには、とらわれないほうがいいと思います。数学は「数学オリンピック」だけの世界ではなく、大学で驚くような研究をしている人も、他にも面白そうなことがたくさんあります。数学はとても広く楽しい世界だということを「数学オリンピック」を通して知れたことに意味があったと思います。
取材日の数学部の活動は、学術提携校であるモンゴル・ウランバートルの新モンゴル中高とのZoom交流。コロナ禍で中断していたが、2年半ぶりの開催となった。今回参加した中学生は、初めての交流だ。新モンゴル中高の生徒と海城の生徒がそれぞれ研究を発表。お互いに翻訳はされるが、数学という共通言語を持つ者同士の相互理解は早い。最後には海城生から新モンゴル生に共同研究を提案するなど、積極的な交流が印象的だった。
現在、数学部は中1から高1の約30名で活動しています。自主的にいろいろなことができますから、入部理由は様々です。主には数学の研究、数学オリンピック対策、数学検定(実用数学技能検定)、案外多いのは中学受験算数をもう1回やりたいというもの。小3・小4から熱心にやってきた道ですから、それを今の学力で解答するとどうなるか、今の立場で作問をしてみたといったことを楽しみながらやっています。それをしてみたいから海城に入ったという生徒もいますね。
これをしないといけないという決まりはなく、数学研究や数学オリンピックで深いところをやっていく生徒もいて、例えば研究がブルガリアの査読付きの国際数学雑誌に載った生徒たちもいますし、国際数学オリンピックに出て銀メダルを取った生徒もいます。それぞれの生徒がしたいことに向かい、より深く数学を究めたいような部員には教員ができる限りのサポートをしています。[川崎先生]
- 溝渕くん
(部長・中3) - わからない問題も仲間に相談するとわかるときがあるし、解けた喜びを伝え合えたり、お互いのアイデアを共有できたりするから、数学部はとても楽しいです。先生に与えられたことではなく、それぞれが考えた興味あることに取り組めるのも数学部の面白さです。
- 吉田くん
(副部長・中2) - どこかで見つけてきた難問にみんなで挑戦したり、みんなの前で解説したりする自由度の高い部活です。それでしっかりと数学を楽しめるんです。数学の面白さも発見できます。
- 金山くん
(中2) - 数学部では難しい問題に挑戦することが多いので、授業の問題には直結しませんが、そのうち数学がものすごく理解できて何でもわかるようになるのではないかと期待させてくれる部活です(笑)。
- 中島くん
(中3) - 数学部でやったことを授業で思い出せることがあって、先取りをしているような形になっていますから、数学が苦手な人にもおすすめのクラブです。数学部では、みんなでわかるまでやるので、そこが楽しいです。
- 入江くん
(中1) - 僕はもともと算数が得意で、海城の数学部は高度な公式を知れて、かつ深く理解できると聞いたので入部しました。急いで数学を学ぶわけではなくて、みんなが一生懸命一つの問題を解こうと時間をかけ、中1でもその話に対等に入っていける面白さがあります。
- 根本くん
(中1) - 川崎先生が紹介で、「みんなで楽しく、数学を深いところまで学べる部」と言っていて、もともと算数が得意だったので興味を持ち入部しました。先輩と一緒にいろんな問題が解けてすごく楽しいです。厳しい先輩後輩関係もなく、部はゆるい雰囲気で自由です。
- 緒方くん
(中1) - もともと数学部に興味があって、友達と一緒に見学に行ってみたらすごく面白そうだったので入部することにしました。のびのびと活動していて、いろいろな問題が解けるのが楽しいです。
- 田中くん
(中3) - 数学部は自分のやりたい研究ができます。焦ってやる必要がなくて、時間もあるから、数学を授業だけでは満足できない人や自分の研究に没頭したい人にはおすすめです。僕が今やろうとしている研究は、割り算の法則性。自分的には楽しいんです(笑)。
- 餘多分くん
(中3) - それぞれが数学の研究をしてもいいし、しなくてもいい。数学オリンピックを目指してもいいし、目指さなくてもいい。問題を部員で競って早解きするなど、数学を自由に楽しんでいるマイペースにやれるクラブです。
- 疋田くん
(中3) - 数学部の良いところは、問題を友達同士で話し合ったり考えたりできること。友達と一緒にやるのは楽しいです。数学部だからこその新しい学びや発見もあり、数学がどんどん好きになります。
生徒がかわいそう
数学科の理念について主任の川崎先生はどのようにお考えですか。
- 川崎先生
- 継承されてきた海城数学科の理念を、前主任の春木先生がまとめられたものが、本校のHPで紹介されています。私も「これだ!」と大共感しました。数学科の主任になってからも、この理念を継承して実践できればと思い続けてきました。これは個人の考えですが、中高の数学は歴史を積み重ねてきて、教授法も洗練されていますので、ともすると言っていることは間違いがないのですが、生徒が腑に落ちない、納得がいかないことがあると思うのです。原因はいくつかありますが、主たるところとしてあまりに洗練されすぎてしまって、もともとの足場が見えなくなっていることがあると思います。建築術に例えれば、綺麗な建造物になり過ぎて、元の丸太小屋のようになぜこういう居住空間になっていたのかが見えにくくなっている。だから、元の丸太小屋の精神に立ち返って、もともとの理由を伝えたい。それには原典にあたる必要がある。洗練されたものを見てそこで完結してしまわないような勉強が必要ではないかと思っています。
- 川崎先生
- 以前、「数学をなぜ学ぶのか」という問いを、文系の国公立大を目指す生徒から投げかけられたことがあります。彼の問いかけの真意は「なぜ数学の問題を解かなければいけないのか。大学受験になぜ数学があるのか」というものでした。私は、通り一遍のことを言いたくなかったので、自分なりに話をしました。例えば社会に出ると、限られた材料で何かをする、コストはこれだけ、納期はここまでといったことの連続です。それを数学の問題を解くことに例えれば、自分が問題を解くために使える公式が限られた材料、コストや納期は制限時間や提出期限。そういった社会に出て日々要求されることの箱庭的な体験に数学の問題演習はなるのでは?と言いました。問題演習をやる意義の一端ですが、生徒は「目からウロコが落ちました」というようなことを言ってくれました。
「受験に必要だから解かなければいけない」では、 納得できませんね。
- 川崎先生
- 海城の生徒たちは「受験に必要だからとにかく問題を解け」と言っても納得しない生徒たちですし、悩んで、考えて、問うてきた生徒は、そんな答えを聞きたくて来たのではないでしょう。ホームページの数学科の理念にもありますが、生徒が納得できることをしていきたいという思いがありますので、そこは大切にしていきたいです。また、今は大学受験でいい大学に入ったことが、イコール将来の栄達に結びつきません。「将来のために何も言わずに問題を解け」という時代は終わっています。生徒の「なぜ数学をやるのか」という問いに、先生が借り物でない自分の考えで答えてくれることが、私が生徒だったら嬉しいです。そこでさらに疑問があったら「でも先生、僕はこう思うんです」と話すと、広がりが生まれます。そういうやりとりを生徒としています。
先生方の根本に数学は面白いという気持ちがあるからですね。
- 川崎先生
- そうです。教員自身が好きでないもの、面白くないものを教わったら、生徒がかわいそうです。ただ、難しいところですが、我々教員は入り込む人が少なくないですが、教育の場合はあえて「好き」で止めておこうとよく話しています。
数学科の先生の個性を発揮
- 川崎先生
- 数学科だけの話ではないですが、海城という学校は、だいぶ以前は6個の学校が1つの校舎にあると言われたくらい、各学年全くカラーが違って、担当教員によってやる教科書や問題集も違い、そこが独自制という名のもとに良いとされていました。それだけに、学年によって進学実績に濃淡が出るようなこともあったのです。ところがありがたいことに海城も二代三代で入学してくださることが多くなりましたから、学年で濃淡が出るのはどうかとなりました。そうは言っても平準化は避けたいというのが本音です。
そこで数学科として打ち出したのが、最大公約数的な共通の教材を決めて、それはしっかり行い、それをベースに最低保証を確立し、それを超えた部分は先生の個性にゆだねています。先生方が個性派揃いですからその個性を生かした当面の最適解が今の方針かなと思っていますし、それが今の大学入試での強みになっているのかもしれません。
- 川崎先生
- 新しい先生は、リレー講座やモンゴルとの交流などを熟知されていて、それに取り組みたいと海城を志望してきてくださる方が多く、とても有難い状況です。また、ホームページで数学科の理念を掲げて頻繁に発信することで、受験生や保護者様だけでなく他校の先生からもご連絡をいただくようにもなりました。本校はオープンなので、ご希望があれば見学に来て頂いています。そこで交流をして、ずいぶんネットワークも広がりました。それがHPにある「数学文化の基地としたい」ということの一助にもなっていると思います。
- 川崎先生
- 数学科としてそういったものは考えていません。むしろ、そういうものを作らないところに良さがあるのではないかと思っています。先生方それぞれに思いがありますのでそれを活かしていただき、自由に広げていってもらえれば嬉しい限りです。