個性尊重・自主自立・自由平等を教育の柱にする明星学園中学校。個性あふれる教科教育の中から、今回は国語科に注目します。創立以来「文学」と「ことば」を学びの二本柱としてきた明星学園の国語科。そこではどのような授業が行われ、何が大切にされているのでしょうか。また、国語科とも切り離せない総合探究科の「哲学対話」の授業も紹介。考えること、対話することを大切にする明星学園だからこその国語科がありました。

CONTENTS
P1REPORT 7年生国語科授業
Teacher
Interview
 明星学園国語教育の信念とは?
P2REPORT 7年生哲学対話授業
7年生 哲学対話授業

哲学対話とは、不思議に思うことについて、他者の意見を聴きながら、じっくりと考える力を養う7年生(中学1年生)の授業。4つの目標は「問いを見つける」「自分の考えを深め表現する」「聴くことを身につける」「ともに考える、問いかける」。これまでの1学期の授業では先生が考えてきた問いや先輩が考えた問いを使ってきたが、今回の授業は7年生が問いについて考え、自分たちの関心ある問い、持っている問いを書き出す時間だ。

生徒に配布されたプリントは「哲学対話で使う問いを作ろう」。まず「問いの違いを知ろう」ということで、3種類の問いの違いを杉本先生が説明した。

a.
すでに知っている問い・聞かれたらすぐにわかる問い
b.
調べたらわかりそうな問い・すでに誰かが答えを出している問い
(調査の問い・知識の問い)
c.
調べてもわからなさそうな問い・まだ答えがなさそうな問い・文化や時代によって答えが変わりそうな問い
(探究の問い・哲学の問い)

最終的には「哲学対話」で求められている問いは、cの探究の問い・哲学の問いであると皆で共有。その理解を確認するため、問いの分類練習を行う。

お金より価値のあるものはあるか
「青信号」の言葉の由来は?
好きなことを仕事にするのは本当に幸せか
人生に意味はあるか
明星学園では制服がないのはなぜか
友達ってなに

以上の問いを、「調査の問い」あるいは「探究・哲学の問い」に分類。それぞれが思う理由を口にする生徒たち。正誤に関わらず自分の意見を発し、誰かの意見を傾聴できる明星生らしさが、7年生(中1)ですでに発揮されている。
そんな生徒たちに杉本先生は、「問いは研究の始まり。皆には研究者になってほしい」「自分で不思議に思うことを自分で調べる楽しい機会は、これからどんどん多くなる。そのやり方を中学生で学べるってすごいかも!」と、研究する楽しさを伝えた。

いよいよ今後「哲学対話」で使用する問いを書いていく時間に。杉本先生は「気軽に書こう」「何枚書いてもOK」と声掛けするが、問いを2~3個書くと手が止まってしまう生徒も多い。問いに種類があることを知り、「哲学対話」での問いを理解したからだろうか。問いだけでなくその問いの理由や説明も求められるからだろうか。それとも「答え」ではなく「問い」を考えることはめずらしい経験だから?
「哲学対話」は杉本先生を含む3人の先生がチームとして指導している。この日の授業でも、手が止まっている生徒に積極的に声をかけている姿があった。

途中からは周りの生徒と話し合うことも可能になり、決して気軽ではなかったが、自分と向き合い、自分の奥深くにある問いを苦心しながら引き出す生徒たち。『心はどこにあるのか』『なぜ人は人を高等生物だと思うのか』『神様って本当に偉いのかな?』『お金をうまくつかうってどういうこと?』など、時間をしっかりかけて「哲学対話」という希少な授業を行うからこそ生まれてきた問いが、授業の最後には書き出されていた。

生徒から出てきた問い
・神様は存在するのか?
・友達と友達になりすぎるのはいいことか?
・戦争はなぜなくならないのか
・好きな人にいぞんするってどういうこと?
・心とはどこにあるのか
・なぜ仕事をしないとお金がもらえないのか
・なぜ学校に行かないといけないのか
・お金を上手くつかうってどういうこと?
Teacher Comment
明星学園だからできる
「哲学対話」

杉本光衣さん (東京大学大学院総合文化研究科 博士課程3年)

私は、学部時代に所属していた大阪大学の文学部で「哲学対話」を学びました。今は医療や教育の現場といったいろんなところの対話実践に関心を持っています。
明星学園の「哲学対話」では、「哲学対話」が独立して実施されるのではなく、明星のしっかり考えるという文化風土と整合しながら、ほかの授業ともつながっていることを重視しています。

私自身もいろいろな先生方からアドバイスをいただきながら、明星の生徒に伝えるならこのように工夫しようと、毎年すこしずつ進化させている最中です。それが明星の「哲学対話」の特色だと思います。

「哲学対話」は、生徒にとってはすぐに納得できるようなことではないと思いますが、話すことが得意になった、哲学が好きになったという生徒もいるので、その意味では生徒に必要な授業だと感じます。他校ではさまざまな理由から校内で継続的に対話を行うのが難しいという話も聞きます。とはいえ明星では考えることが日常なので、多くの生徒は悩むこともありつつも、「哲学対話」に楽しみながら入っていけるようです。明星学園の「哲学対話」だからできることがたくさんある気がします。今は7年生(中1)だけですが、他の学年や科目とももっと連携していきたいです。伸びしろが、まだたくさんあるのが明星の「哲学対話」だと思っています。

Teacher Comment
何もないところから問いを見つけ
先入観や固定観念を壊す

堀内雅人先生 (国語科)

明星学園では、中学校で全員が履修する「総合探究科」4科目のうちの一つとして7年(中1)で「哲学対話」の授業を週に1回行っています。「哲学対話」を国語科や社会科、道徳の授業の一部に取り入れたり、年に数回だけ行ったりする学校はあるかもしれませんが、毎週全員が受ける授業にしている学校は少ないでしょう。

「哲学対話」では、何もないところから生徒自身で問いを見つけることが求められます。一方、通常の教科授業は、どういう課題や発問を作れば生徒が思考を始めるか、生徒から多様な意見が引き出せるかを考えながら教員は授業づくりをします。生徒自身が自ら問いを見つけるという経験はこれまでの学校教育ではほとんどなく、彼らにとっては思いのほか難しいことなんです。ただ、本校の場合、教科の授業の中でも「他の生徒の意見を聞き、対立点を発見しながら質問するということ」は、常にやっていること。それだけに教科授業と「哲学対話」は良い相乗効果を得られると思っています。

「哲学対話」はスタートから6年目。今もまだ研究途上ですが、初めは混沌としていました。ようやく一昨年あたりから、明星の授業として定着するだろうという感触を得てきています。哲学対話では、なぜ学校があるのか、校則や宿題は必要であるか、そういったことをテーマにすることもあります。どうも一般の学校文化では、あえて問うてはいけないタブー扱いされるテーマだったりするようです。でも、明星生は真面目に考えます。というより、明星の生徒であっても実は中学生は意外に保守的なんです。逆にそういう先入観や固定観念を壊すのも「哲学対話」の役割だと思っています。

また、「哲学対話」では話すよりも聴くことの大切さを知ってほしい。ただ話すだけでなく、それが他の人の意見を聴き、それを受け止め、さらにつなげる形で話してほしい。話を聴いているうちに自分が言いたいことも出てきます。聴く力はどの教科でも一番大事ですから、「哲学対話」での経験を他の教科にも生かしてもらえたらと思います。

最後に、教師自身が生徒の話を聴けているかということを常に意識していないといけないと、自戒を込めて思います。でも、なかなか聴けていないものです。自分は聴けているという教師ほど、大切なことが抜けていて、逆に生徒に気を遣わせてしまっている。現実は複雑で、カッコいい論理や答えがあるわけではない。教師自身が迷ったり躊躇したりすることがあってもいいんじゃないかと思うんです。そのように試行錯誤する姿こそ、学ぶ姿勢だし、それを見せることで教師と生徒との関係が作られていくのではないかと思います。「哲学対話」は、互いに信じようとする心がないと成立しない、そんなことを感じています。

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